歌人の俵万智さんが20日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」(月~金曜午後1時)に出演。40歳で出産し、東日本大震災に被災した経験を語った。
俵さんは「仙台で子育てをしておりまして、相当揺れて。小1だったんですけど、息子が。息子が通っていた小学校が避難所になりまして、子どもが言うには『電信柱がぐるんぐるんしていて、そのまま飛んでいくかと思った』っていう」と揺れの大きさを語った。
黒柳徹子から「あなたはどこにいたの」と聞かれ、俵さんは「私は仕事で東京にいて、両親のところで息子がいたんですけど。2、3日してやっと交通網を駆使して帰ってくるような感じでした」と振り返った。
俵さんは「余震もすごかったですし、原発もまだどうなるかわからなかったですし。息子もショックが大きかったからか、少し赤ちゃん返りっていうんですかね。指しゃぶりをしたり、テレビも戦隊ものが好きだったですけど、赤ちゃん向けの番組しか見ないっていう感じ。いろいろあって、それで石垣島に住んでいた友だちが『そういうことだったら、うちに気晴らしに来ない?』って言ってくれたものですから、彼女の夫婦の2階が、海の見える部屋が空いてる(と言ってくれた)。春休みの間くらいと思ってお邪魔して居候させてもらってたんですね」と震災をきっかけに石垣島に移ったことを空かした。
俵は「そうしたら天国のような島で、息子もみるみる元気になったんですよ。なんなら震災前くらい、木登りをしたり、海に入ってもずくを取って。近所の子たちとサトウキビ畑でチクチクしながら鬼ごっこしたり」と自然の中で息子が元気を取り戻したことを語った。
俵さんは「自然の中でみるみる元気になって、ここで子育てありかなって気がしまして。竜宮城に行って、帰れなくなった感じですね。今思い返すと。で、このまま住み着いちゃって、5年間ほど島で子育てしてました」と語った。



