日刊スポーツ25日付芸能面「日曜日のヒーロー」に登場した津田寛治(60)は、昨年11月に日本人初の快挙を成し遂げていた。ドイツ・スイス・日本合作の主演映画「The Frog and the Water」(邦題『カエルと水』(仮))の演技が評価され、FIAPF(国際映画製作者連盟)認定の世界15大映画祭の1つ、北欧エストニアのタリン・ブラックナイト映画祭で最優秀男優賞を受賞。日本での公開を熱望する津田が、作品を存分に語った。【村上幸将】
★今の時代ならでは
主演映画「津田寛治に撮休はない」(萱野孝幸監督、3月28日公開)で、役として「俳優・津田寛治」を演じた津田に興味を持ち、昨年末に取材を申し込んだ。その上で「The Frog and the Water」を鑑賞した。津田が北欧の映画祭で最優秀男優賞を受賞したこと自体、国内ではわずかしか報じられていない。作品を見ないで取材するわけにはいかないと、海外の複数の映画関係者を通じて鑑賞の機会を得た。
津田に鑑賞した感想を伝えると「あぁ! ご覧になったんですか!? ありがとうございます! うわぁ、うれしい!」と、声を、ひときわ大きくし、喜んだ。海外での快挙は感慨深かったのでは? と投げかけると、せきを切ったように語り出した。
「時代が変わった、良い時代になったなと思います。昔だったら、僕みたいな俳優がドイツの映画に出るって、あり得なかった。垣根の越え方が、今の時代ならではだと思っていて。事務所の後ろ盾も何もない俳優さんが、ポンッと良い役をされたりしているのを見ると、ワクワクしますから。この時代に生きられていて、良かった」
★「突然」オファーが
出演の経緯を聞くとオファーが「突然、来たんです」と振り返る。24年春のことだった。21年にカンヌ映画祭ある視点部門に出品された主演映画「ONODA 一万夜を越えて」(アルチュール・アラリ監督)を製作した会社が、製作に携わっており「(『ONODA』から)つながって津田でどうだ? という話になったと思う」と明かした。
撮影は同年夏に迫っていた上、主な舞台がドイツとスイスだったため、既に入っていたスケジュールを幾つか、キャンセルせざるを得なくなった。「マネジャーさんが一生懸命、調整してくれた。中にはお断りしなければいけないものもあり…。決まっていたものをお断りなんて、とんでもない話ですから、僕も『申し訳ありません』と、お手紙を書き、ようやく実現しました」と振り返った。
★「自分は添え物で」
作品は、18年「希望の灯り」が日本でも公開された、ドイツのトーマス・ステューバー監督(44)が脚本も手がけた。ダウン症を抱えながら、いつか施設を出て1人旅することを夢見るドイツ人の青年ブッシと、傷心を癒やすために欧州へ旅に出た日本人の北村が偶然、出会い一緒に旅をするロードムービーだ。
ブッシを演じたアラディン・デトレフセンは、地元のブレーメンで舞台俳優として活動していた中、同監督に抜てきされて映画デビュー。津田とともにタリン・ブラックナイト映画祭で最優秀男優賞を受賞した。津田に共演した印象を聞くと「すごすぎて。ビックリするような芝居をして。彼が輝けばこの映画は成功だと思ったら…自分は添え物でいいやと、また思っちゃったんですよ」と笑った。「山中静夫氏の尊厳死」(村橋明郎監督)でダブル主演を張り、21年に日本映画批評家大賞主演男優賞を2人で受賞した中村梅雀(70)に抱いた感覚と一緒で「2つ目のミラクル!」と力を込めた。具体的に、デトレフセンは、どこがすごいのだろうか?
「噴水の中に入るシーンで、彼が普通に水を浴びたり、いろいろやっているのを、ただただ撮っていて。彼があまりにも自由すぎて、僕は芝居なんか全部、忘れて見入っていたら、カットがかかった時、彼が『今の俺、最高だっただろ!』みたいなポーズをして。芝居をやっている感覚があったんだとビックリした。演劇だけじゃ食えないだろうから、普段は障がい者の施設で仕事もしているんでしょうけど…役者として、1つの境地にたどりついているんだと感じました」
★監督一切妥協せず
デトレフセンは「カットがかかっても、芝居はやめず、僕を連れて、どこまでも行ってしまう」(津田)ため、撮影時間はどんどん延びたが、スタッフは芝居を止めず、どこまでも待った。中でも監督は、デトレフセンがダウン症だからといって演出の際に一切、妥協せず厳しかったという。
「監督は『何で、何回も言っても、その通りにできないんだ』と彼に厳しく言ったんです。甘やかしている的な感覚では、みんな、ないんですよ。プロとして彼を見ているから、できない時は厳しく言うんです」
「怒ったら萎縮してできなくなっちゃうんじゃないか」とドキドキしながら見ていたというが、厳しい演出を受けた際の姿勢と、その後の芝居に驚かされた。
「彼は一生懸命やるんです。監督に怒られて直ったほうが、仕上がりを見たら良いんですよ。ずっと無機質で…それで、施設にいることが本当につらかったブッシが外に出ていく、という物語が成立するんです」
★役と現実がリンク
ブッシは言葉を発しない設定だったが、実際のデトレフセンとのコミュニケーションも「なるべく、取ろうとはしたけれど、きれいには取れなかった」(津田)という。それでも「取る必要もなかった。言葉じゃないところで(コミュニケーションが)あったんです」と振り返った。
ドイツに降り立った瞬間から、演じた北村の気持ちになれたことが大きかったという。「こんなところに何でいるんだ? と思うくらい、建物から何から全部、欧州で。昔(故郷)福井の田舎で映画を見ていた、スクリーンの向こう側の世界じゃん、というところから始まった」。その中、デトレフセンと初めて会った時から「涙が止まらなくなって…やっと会ったみたいな」気持ちになり、役と現実が1つにリンクしたと言っても、過言ではない関係性を築けたという。
★勉強…楽しかった
日本でのシーンは、逆にデトレフセンが来日して撮影した。「日本の高速道路を走って、すごく喜んでいましたよ」と、まるで昨日のことのように振り返った。そこで、あえて問いかけた。ダウン症の、しかも異国の俳優と並んで主演を張ることに不安はなかったのか? と…。津田は、さらに目を輝かせて、はっきりとした口調で答えた。
「難しいと覚悟はしました。何があるか分からないので…ひょっとしたら、会った瞬間『彼とはできない』と言われる可能性もあると思ったし。腹はくくっていたけれど、一緒にやってみたら僕が目指したことをやって、それ以上の+αの感性を出しまくっていた人。メチャクチャ勉強になったし、本当に楽しかった」
津田が目指す「技術、芝居している意識をなくした、芝居をしない芝居」を、目前で披露するデトレフセンの姿に、得たものは大きかった。日本を飛び出して海外で芝居したからこそ、デトレフセンとの共演が実現できたと強調した。
「こういうことが、起きるんだと。こういう人と一緒に、芝居ができる日が来るんだと。芸術においても、障がいを持つ人に対する考え方においても進化した欧州で、磨かれた彼の感性に出会えたのは、やはり、海を越えた影響もあったんだろうなと」
そして「とにかく、それだけが願いですね」と、日本での公開を熱望した。
■「The Frog and the Water」
ケルンの養護施設で暮らすダウン症のブッシ(アラディン・デトレフセン)は、単調な生活にむなしさを感じていたある日、施設のメンバーと日帰り旅行に出た途中で、すれ違った日本人ツアーグループに紛れ込んでしまう。平然と乗り込んでしまった、無言のブッシを不思議そうに見つめる日本人の中で、寡黙な中年男性・北村(津田寛治)に、ブッシは自然とついてまわるようになる。迷惑そうに振る舞う北村も、どこか憎めないブッシに親しげに接するようになり2人は一緒にツアーから離れ、車に乗ってタクシーで追うシェルロー夫人から逃げるように旅に出る。
◆津田寛治(つだ・かんじ)
1965年(昭40)8月27日、福井県生まれ。映画俳優を志して18歳で上京し「ソナチネ」で映画デビュー。02年「模倣犯」(森田芳光監督)でブルーリボン賞助演男優賞。08年「トウキョウソナタ」(黒沢清監督)で高崎映画祭最優秀助演男優賞。20年「山中静夫氏の尊厳死」(村橋明郎監督)で日本映画批評家大賞主演男優賞。趣味は随筆と絵画(油絵)。173センチ。



