昨年11月の暴行事件以来、無期限で謹慎していた歌舞伎俳優市川海老蔵(33)が2日、東京・新橋演舞場「七月大歌舞伎」(26日まで)で復帰した。昨年9月の京都・南座以来9カ月ぶり舞台に、観客から「待ってました!」の掛け声も飛んだ。海老蔵も「温かいご声援がとてもありがたい」と涙を浮かべた。9月から11月まで3カ月連続の歌舞伎出演も決まり、再生のスタートを切った。

 富樫役の海老蔵が登場すると「成田屋!」「待ってました!」の掛け声が飛び交い、大きな拍手が30秒間続いた。事件を機に「生まれ変わる」と言った海老蔵が選んだ昼の部の復帰演目は、7年前の海老蔵襲名公演で父団十郎の弁慶を相手に演じた「勧進帳」だった。

 義経を守ろうとする弁慶と、その心情に感じ入り見逃す関守の富樫。演じる俳優の格が問われる演目だが、海老蔵は以前より大きな富樫となって帰ってきた。最初は緊張から声も低かったが、舞台が進むにつれ、口跡の良さに磨きがかかり朗々と響き渡る。顔に大けがを負ったが、立ち姿は美しく、目を大きく見張る「見得(みえ)」も見せ、後遺症は感じない。義経を呼び止める気合も場内の空気を一変させる迫力だった。

 終演後、海老蔵の目に涙が浮かんでいたという。「久しぶりに舞台を踏ませていただき、お客さまから温かいご声援を頂戴しました。とてもありがたく、身の引き締まる思いです」と素直に話した。

 この日朝、海老蔵は今月に出産を控える妻麻央に見送られて自宅を出た。昨年9月の京都・南座以来約9カ月ぶりの舞台。自宅にある9代目団十郎が彫った不動明王に成功を祈った。市川家恒例の大みそかの成田山新勝寺詣では中止したが、実は別の日にひそかに新勝寺を訪れた。不動明王を本尊とする暗い堂内で不祥事をわび、再生を誓ったという。

 順風満帆な半生だった海老蔵にとって、自ら招いた結果とはいえ、初めて経験する危機だった。3本あったCMもなくなり、舞台も休演するなど1億円以上の損失となった。事件は海老蔵の酒癖の悪さが原因とバッシング報道も多かった。舞台に出られない日が続く中、踊り、三味線、鼓、長唄などのけいこを一からやり直した。父団十郎も「危機感もあり、復帰に全力を傾けていた」と話す。

 「勧進帳」に続き「楊貴妃」の高力士、夜の部は3月からけいこした家の芸「春興鏡獅子」を踊り、祖父11代目団十郎も演じた「江戸の夕映」の居酒屋で酒を酌み交わす場面で、大吉役の団十郎が蝦夷(えぞ)から帰ってきた小六役の海老蔵に「よく、帰ってきたな」と話すと客席に笑いも起こった。9月に大阪・松竹座、10月に名古屋・御園座、11月に博多座と3カ月連続の歌舞伎出演が決まり、主演映画「一命」も10月15日に公開される。海老蔵は「こうして舞台に立たせていただけることに感謝をし、日々の舞台に全身全霊で挑んでまいります」とコメントした。その言葉にウソがないことを舞台で実証することが再生への1歩となる。【林尚之】