「東京だョおっ母さん」「人生いろいろ」のヒット曲で知られる歌手島倉千代子さんが8日午後0時半、肝臓がんのため都内の病院で亡くなった。75歳だった。3年前に肝臓がんを発症し、入退院を繰り返した。今月6日に再入院するまで来年のデビュー60周年記念の新曲をレコーディングしていた。NHK紅白歌合戦に通算35回出場するなど人気歌手だったが、私生活では結婚前に3度の堕胎、プロ野球のスター選手との離婚、度重なる多額の借金、乳がん切除など波乱の多い人生だった。

 都内で会見した日本コロムビアの原康晴社長(54)らによると、島倉さんは3年前に肝臓がんを発症し、入退院を繰り返していた。11年2月と8月、12年5月の3回、冠状動脈塞栓(そくせん)手術を受けたが、今年に入って肝硬変に。それでも、75歳の誕生日にあたる3月30日、都内で開催された「コロムビア大行進2013」に姿を見せた。「人生いろいろ」を歌い、「区役所から『後期高齢者』という紙が届いて、それからもう眠くて眠くて」とファンを笑わせた。

 6月に入院したが、同21日の宮崎・延岡市のコンサートに病院から駆けつけた。それが最後のコンサートになった。同4日のブログでは「70歳になった時に体力がガクンとおち、仕事を減らさなくてはならない現実、本当はもっともっと唄いたいのに」とつづった。9月ごろには死期を悟ったのか、関係者に「葬儀で香典はいらない、通夜は身内だけで」と依頼していた。

 10月中旬に退院した直後、島倉さんは来年のデビュー60周年記念の新曲「からたちの小径」を吹き込んだ。南こうせつ作曲で、コロムビア側には内緒だった。体力が落ちていたため、自宅にレコーディング機材を持ち込んで作業を進めていた今月6日、女性スタッフに「体調が悪いから来て」と連絡、そのまま再入院。2日後のこの日午後0時半、女性スタッフと関係者にみとられ、息を引き取った。

 55年にデビュー曲「この世の花」が200万枚と大ヒット。57年「東京だョおっ母さん」も150万枚と大ヒットし、主演で映画化された。NHK紅白歌合戦も同年の初出場から連続30回、通算で35回出場。美空ひばりさんと60年に「つばなの小径(美空)/白い小ゆびの歌(島倉)」を発表。「姉さん」「お千代」と呼び合い、姉妹のような交流が続いた。美空さんが迫力で聴かせたのに対し、島倉さんの歌は“泣き節”と呼ばれた。吹き込んだ曲は1500曲以上。原社長は「昭和を代表する偉大な歌手。コロムビア社員全員の母みたいな人だった」としのんだ。

 ヒットから遠ざかった時期もあったが、87年の「人生いろいろ」で再注目された。04年には小泉純一郎首相が国会で「人生いろいろ、会社もいろいろ」と答弁し、流行語にもなった。

 私生活では63年にプロ野球阪神のスター選手、藤本勝巳さんと結婚したが、5年後に離婚。後に結婚前に3回堕胎したと明かした。知人に実印を貸し16億円の借金を抱え、その後も他人の連帯保証人となり、億単位の借金を背負うなど苦労を重ねた。93年には初期乳がんの切除手術も受けた。一方、昨年2月に新曲「愛するあなたへの手紙」を発表。キャンペーンを行うなど最後まで現役歌手だった。

 ◆島倉千代子(しまくら・ちよこ)1938年(昭13)3月30日、東京生まれ。54年にコロムビア全国歌謡コンクールで優勝し、翌55年に「この世の花」でデビュー。57年の「東京だョおっ母さん」も150万枚のヒットで、同名映画にも主演。同年にNHK紅白歌合戦に初出場し、04年まで通算35回出場した。88年に「人生いろいろ」で日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。99年に紫綬褒章。63年にプロ野球阪神の藤本勝巳選手と結婚したが、68年に離婚した。