大リーグエンゼルス大谷翔平(27)に、政府が国民栄誉賞授与を打診をしたものの、大谷が辞退していたことが、今月22日、明らかになった。松野博一官房長官の記者会見冒頭、松野氏自身が明かした。二刀流で残した今季の活躍は、ア・リーグMVP受賞に象徴される偉業の数々。MVP受賞決定の当日、岸田文雄首相が国民栄誉賞の検討の是非を問われ「お祝いの気持ちどのような形で示すのか、これから考えてみたい」とにおわせていたが、そこからわずか3日で「辞退」のスピード発表になってしまった。

「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった者について、その栄誉を讃えることを目的とする」が判断基準とされる国民栄誉賞だが、授与の判断はあいまいで、時の政権の腹づもり1つだ。最も多く輩出したのは、7年8カ月の長期政権となった第2次安倍政権の7人。腹づもりと引き換えに「人気者の政治利用」との批判が出る場合も多く、タイミングや対象人物に、かなりの慎重さが求められるのも事実だ。

イチロー氏は過去に3度、打診を辞退している。賞に対する価値観も、人それぞれだろう。

国民栄誉賞を贈る判断について「なるほど」と感じたのは、安倍晋三元首相の対応だった。安倍氏が初めて国民栄誉賞を授与したのは第2次政権で、元横綱大鵬の納谷幸喜さん。死去から約1カ月後だった。そして、その3カ月後に授与したのが、長嶋茂雄氏と松井秀喜氏。その際に安倍氏にインタビューする機会があった。

安倍氏は、それまで長嶋氏に国民栄誉賞が授与されていなかったことが「気になっていた」と話した。「長嶋さんに贈られていなかったのは、むしろおかしい。時期を逃すと(死後に授与された)大鵬さんのようになってしまう」。松井氏が現役引退を決めたタイミングに合わせて、師弟関係にある長嶋氏への授与にも踏み切った。

1977年に第1号となった王貞治氏に贈られて以来、国民栄誉賞は26人と1団体に授与されたが、亡くなった後の受賞者は12人いる。当時聞いた安倍氏の言葉からは、授与するなら可能な限り、生きている間に…というニュアンスを感じたことを覚えている。その「判断基準」が、誰もが認める戦後のスーパースター長嶋氏に歴代政権が国民栄誉賞を授与してこなかった問題に、自ら区切りをつける結論を導いたのではないかと思っている。

実際、納谷さんへの授与を決めた際に、政府には「長嶋さんにも国民栄誉賞をあげてほしい」との声が、当時多く寄せられたと聞いた。納谷さんと長嶋氏は、その偉大さを表現した言葉「巨人、大鵬、卵焼き」を体現した2人。国民栄誉賞授与には、多くの人が納得感を持ったと思う。

翻って、今回の大谷への国民栄誉賞授与問題。松野官房長官は「政府としての祝意を表したいということから検討、打診した」と述べたが、選手としてまだまださらに前進することを公言している大谷を対象とするのは、ちょっとタイミングが早かったのではないか、という声も聞いた。むしろ、今年大谷が残した記録からこの先、どこまで進化が続いていくのか、楽しみが増える機会になったのかもしれない。【中山知子】