9月27日に営まれた安倍晋三元首相の国葬から1カ月あまりが過ぎた。そんな中、妻の昭恵さんは10月31日、自身が東京・神田で経営していた居酒屋「UZU」を閉店した。閉店が決まった後、店のドアには「たくさんの良い思い出ができ、たくさんの楽しい時間を過ごすことができました」と記された紙がはられた。2020年8月の安倍氏の首相辞任後も営業を続けており、安倍氏が凶弾に倒れることがなければ店は続いていたのかもしれない。
安倍氏の地元山口を中心に、国内産100%の食材を使うのがこだわりで、10年前の2012年10月にオープン。夫が2度目の自民党総裁に返り咲いた後で、2度目の首相に就任する直前のタイミングだった。自身もファーストレディーに返り咲くかもしれない昭恵さんの「居酒屋オーナー」就任には賛否両論が出た。しかし、2013年6月、山口県の食のイベントに登場した昭恵さんは「マスコミには批判されたが、宣伝もしていただいた。安心して食べてもらえる食事で、多くの方に楽しんでいただけていると思う」と、ちゃっかりPRしていた。
そんな側面を含めて、昭恵さんは「首相夫人」の枠に収まらない異色の存在だった。日々の活動や発言がメディアに取り上げられ、特に森友学園の国有地取得をめぐる問題では、昭恵さんの行動が首相である夫を窮地に陥れるきっかけになった。ご本人が公の場で説明する機会は、訪れなかったが。
複数の関係者によると、昭恵さんは安倍氏が亡くなった後、時に知人に連絡を取るなどしながら、気の張り詰めた日を過ごしていたという。そんな昭恵さんの今後には、大きな関心が注がれている。安倍氏の衆院山口4区の議席は現在欠員で、来年4月下旬にも、補欠選挙が行われる見通し。その補選をめぐっては安倍氏の後を継ぐ候補者がなかなか見つからず、昭恵さんの出馬への「待望論」が、なかなか消えない。
昭恵さん自身は7月21日に自民党安倍派の総会に出席した際、出馬しない考えを伝えたとされるが、自民党内では「出ない」という声が多い一方で「現状では夫人が最適」という声もある。本人は否定するのに、なぜか。補欠選挙は、「安倍家」の今後につながる場だからだ。「1票の格差」是正に伴う「10増10減」で、次期衆院選から山口県で現状の4つの選挙区が一部再編されて3つに減ることも絡んで、複雑な人間関係が交錯する。
山口は4選挙区すべて自民党が議席を持つ保守地盤だが、次の衆院選から3選挙区になれば、1人が小選挙区を失う。実は、安倍氏の地盤山口4区の大票田でもある下関市は、かつての中選挙区時代に旧山口1区として、安倍氏の父の晋太郎氏と、林芳正外相の父の義郎氏が熾烈(しれつ)な戦いを繰り広げた地域。長年「安倍家VS林家」の確執が取りざたされてきた。義郎氏が比例ブロックに転出し、小選挙区に林家の選挙区はなかったが、参院議員だった林氏が昨年の衆院選でくら替えし、現在は山口3区の衆院議員。林氏の現3区と、安倍氏の現4区は、「新3区」の中に重なる地域が多くなる見通し。安倍氏が亡くなり、残りの自民党3議員が3つの選挙区にスライドすれば一件落着とはいかない、先代からの歴史がある。
山口4区補選までは、現行の選挙区制度が適用される。選挙情勢に詳しい関係者は「補選は安倍氏の後継者が出れば勝つが、ここで『安倍』の名前を残さないと、新しい選挙区のもとで行われる次の衆院選は安倍家に厳しい。林家に選挙区を奪われかねない。安倍氏の支援者にも危機感があるはずだ」と指摘する。一方で、後継者選びは難航しているようだ。安倍夫妻に子どもはおらず、安倍氏の親族は弟の岸信夫前防衛相以外は政治家ではなく、いずれも消極的とされる。最終的には、安倍氏の母で「ゴッドマザー」と呼ばれる洋子さんの意向次第とも、ささやかれている。
かつて安倍氏にインタビューした際、昭恵さんの存在について「政治家の夫婦は家内工業のようなもの。2人でいろんな困難を乗り切ってきた」と話していた。昭恵さんは多忙な安倍氏に代わって地元を回り、選挙の時も安倍氏に情勢を報告しながら「地元のことは気にしないで」と伝えるなど“同志”でもあった。コミュニティーFMで「アッキー」としてDJをしたこともあり、地元で知らない人はいない。ただ、森友問題が表面化した後、久しぶりに地元の会合に出た2018年8月に取材した時は、支援者に声をかけられても硬い表情のままだったことを覚えている。
それでも、安倍氏が亡くなり、「安倍」の名前を継ぐ1人に昭恵さんを期待する声は、地元では少なくないと聞いた。10月15日の県民葬で、昭恵さんが「この地域のため、これから何かしら活動していきたいなというふうに思っています」とあいさつしたことも波紋を広げた。政治的な意味なのか、そうではないのか、自民党関係者によると、この発言への受け取り方は「さまざま」だという。
永田町では、支持率低迷の岸田文雄首相が事態打開に向けて、来年5月に地元の広島で開かれる主要7カ国首脳会議(広島サミット)の後、衆院解散・総選挙に打って出るのではないかとの臆測が出ている。解散の時期が先になったとしても、いずれは新しい選挙区制度での戦いが待ち受ける。難航する候補者選びには慎重さだけでなく、一定のスピード感も求められる難しい局面なのだ。
「安倍」の名前が永田町に残るのか、もしくは消えるのか。昭恵さんは最後まで「出馬否定」を貫くのか。来春の補選まで、もう半年を切った。日本政界に一時代を築いた安倍家が、大きな分岐点に立たされている。【中山知子】





