俳優渡辺謙(61)は、2011年3月11日に起きた東日本大震災の直後から被災地への支援を続け、被災者に寄り添ってきた。人が集まるための場所をと、宮城県気仙沼市ではカフェを経営する。「楽しいからやっている。趣味ですね」。支援の哲学は、1人の社会人として手助けしたいという純粋な思い。形ありきの「大見出しの復興」は持続しないというのが、持論だ。

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渡辺は13年、津波で甚大な被害を受けた気仙沼市に、カフェK-port(ケイポート)を開店した。住民から人が集まる場所がなくなったと聞いたからだ。「ハコだけ作っても人は集まらない。どうしたらいいか考え、イベントやライブができる場所にしようと、7年やってきました」。経営者というよりは、従業員とともにメニューを考え、ほぼ毎日、自筆のメッセージをファクスで店に送る。「思い入れとかじゃないんです。単なる愚痴とかぼやきとかね。ただ、書いている5分から10分間は、必ずそこのことを考えているという時間なんです」。

ある時から、応援している、支えているという意識がなくなってきたという。「そこに集う人にどう楽しんでもらえるのか。どんなイベントをやるのか、それを考えるのが楽しくて。もう、これは趣味なんだと思うようになりました」。もちろん経営者の立場から、コロナ禍に対応した感染対策を行い、テークアウトも行う。「復興支援ではなく個人として楽しんでいます。楽しくないと片道4時間もかけて行けませんから」。時間が許せば、1~2カ月に1度は店を訪れる。それは渡辺の日常になっている。

阪神・淡路大震災の時は病気療養中、出身地で発生した新潟県中越地震の時はハリウッドにいたため、駆けつけることはできなかった。NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」に主演した地縁もあり、震災の1カ月後から被災地を回った。「こういう仕事をしているから受け入れてもらいやすい」と話すが、現地に赴く立場はあくまでも個人。「芸能人というフィルターがかかるのも嫌だし、増幅されるのも嫌。人に喧伝(けんでん)されることと関係なくやりたい。1人の社会人として困っている人がいたら、自分にできることをやりたいだけです」。

2月28日には、取材者の立ち位置で、NHKBS1で「渡辺謙と東日本大震災~見つめ続けた10年~」が放送された。

番組の取材者として、節目に被災地を見続けてきた。震災から10年。「東北は広いので、進んでいる所、滞っている所はあると思います。人にうかがうと、おしなべて前に進んでいるという所が多い。復興には点数はつけられないし、以前のように戻せばいいものでもない」。福島、宮城両県で震度6強を記録した2月13日の地震に、気持ちを揺り戻されたという。「10年が経過したけれど、先日の地震が警鐘を鳴らしている気がする。震災後も大きな災害が起きている。次の災害に備えるための、区切りの10年なのだと思います」。

10年の年月で、街の形としての復興は進んできた。少子高齢化、過疎化は日本全体の問題だが、被災地もどうやって人を呼ぶかの議論が起きる。だが、渡辺が地元を取材すると、ちょっとベクトルが違うという。「何でもかんでも、ほかの場所と一緒にしては面白くないって言うんです。ありのままに、そこに住んでいる人が楽しそうにしていると、自然に人は集まってくるんじゃないかってことなんです」。それは、いわゆるハコモノ行政への疑問でもある。

「僕も、復興には“大見出し”はいらないと思う。少子化、過疎化の中でどうやって人を呼び込むかは街の大きな課題です。でも、建物ができた時は何千人も集まるけれど、1カ月もたつと閑散としてしまうし、大企業を誘致するのも大きな起爆剤にはなるけど、僕は劇薬なのかなとも思う。街を離れていった人が気持ちよく戻ることができるためには、どのような環境が必要なのか。その街が豊かに、みんなが笑って暮らしていけるにはどうしたらいいのか。それを考えるのが建設的だと思う」。

最後に、原発について触れなければならない。20年公開の映画「Fukushima 50」では、福島第1原発の所長だった吉田昌郎さんを演じた。映画の功績について、原発に関して知らなかった山のような話を、多くの人が知ったことではないかと話す。「この事故はまぐれというか、偶然みたいなことで、とりあえず止まったということを知ることができた。僕の最大の貢献は、その仕事をやらせてもらえたこと。この映画で、子どもたちがこれから生きていく中で、何を選択すべきかということを学ばせてもらったと思う」。

原発に関する話について、渡辺は取材で聞かれれば持論を述べる。「メディアの方々の方が気を使ってね。それは(記事に)載せても大丈夫でしょうかと聞いてくる」。その上で、原発は政治的な問題ではないと言い切る。

「原発を政治的と言ってしまうことが、今のありふれた社会構造。それは言わずもがなだよっていう空気がはびこっている。人の悪口をツイートするのではなく、自分たちの未来をどうしたらいいかの選択なんだから、フラットに話し合うべきです。脱炭素化も結構なことだと思うけれど、原発が動かないとこの国の電力がまかなえないと言われると、それはちょっと待ってよと思うわけですよ。あれだけの事故を起こし、あれだけの年数が経過している原発に頼らざるを得ないのだろうか。フラットに考え合うのが大事だし、みんなで考えて決めるのがデモクラシー(民主主義)。だから、原発も復興も政治ではなく、1人の社会人として発言したいと思っています」。【竹村章】