8月19日午前5時30分。「ガラガラガラ」と店のシャッターが開けられた。香ばしいダシのきいた湯気が厨房(ちゅうぼう)から立ち上る。店のカウンターには看板商品のゲソ天を始め、コロッケを含む揚げたての天ぷら15種類が積まれていた。

張りのある丁寧なものいいで「よろしかったら」と店主の小森谷守さん(73)がお客さんから注文を取る。そばを湯がいて天ぷらを乗せ、真っ黒な熱いつゆをかけて、刻んだネギをポンと散らす。ここまで1分かかっていない。できあがると「いきます」と小森谷さんはお客さんにどんぶりを渡しながら「ありがとう存じます」といつもの言葉で感謝の意を示した。

この日は「立ちそばスエヒロ八丁堀店」の半年ぶりの再開日だった。駅構内やガード下ではなく、市街地に店舗展開をした「おそらく初めての店だと思う」(小森谷さん談)というのが1960年代後半に上野末広町に第1号店をオープンさせた「スエヒロ」だった。スエヒロの屋号でフランチャイズ展開し、同時に直営店として「六文そば」でも多店舗展開した。八丁堀店はその最後に残った店舗なのだ。

小森谷さんは六文そば出身で人形町と日暮里で中心人物となり、名物のゲソ天そばを1日500杯さばいた実績もあり立ちそばフリークの間では「そば界のレジェンド」「こもりん」として名をはせた。4年前に完全に引退していたが、市街地立ちそばの始祖ともいえるスエヒロ八丁堀店が昨年末で店を閉じることになり、継承者として声を掛けられ「スエヒロはね、つぶせないんだよ」として新店主を引き受けた。

店の改装工事などもあって19日が再出発だった。開店30分前から並んだ1番客の配送業大浜教邦さん(69=豊島区)は「もう20年近く通っている。久しぶりの開店だから一番最初に来ちゃったよ」と話した。開店10分前には行列ができて「新富町に住んでいて早起きして歩いてきた」「こもりんに会いにきた」「やっぱりゲソ天だよね。楽しみ」という声であふれた。

開店10分で作り置きのゲソ天がなくなり、お客さんは揚げたてのゲソ天をほお張りながら「やっぱりうまいね。この濃いつゆとぴったりなんだよ」などの声で充満した。その姿を見て小森谷さんは「うれしいね。どうなるかと思ったけど、そばをつくるのは楽しい。戻ってきてよかった」と目尻を下げた。【寺沢卓】