将棋の最年少7冠、藤井聡太竜王(名人・王位・叡王・棋王・王将・棋聖=21)が全8冠制覇を目指して永瀬拓矢王座(31)に挑戦する、第71期王座戦5番勝負第4局が11日、京都市の「ウェスティン都ホテル京都」で行われ、後手の藤井が勝った。シリーズ対戦成績を3勝1敗とし、王座を奪取し、史上初の全8冠制覇を達成した。
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羽生7冠と藤井8冠、記者は両方、現場で取材した。将棋担当として、他社にいないのではないか。
2人に共通して言えるのは、「将棋の神様に好かれている」ことだろう。タイトル戦で明らかな負け将棋で勝ちを拾う。何度負け原稿を用意して、形勢がひっくり返ったか分からない。
決定的な違いが3点ある。藤井は2020年(令2)6月棋聖戦のタイトル戦初登場から18戦負けなし。羽生は竜王戦で2回防衛に失敗し、王将戦で1回挑戦を退けられている。
それから、全制覇に対するコメントだ。藤井は「目指せるチャンスを作れたのは幸運なこと」「貴重な機会」「気負わず臨みたい」と、どこか「柳に風」で受け流していた。
対して羽生は意欲的だった。初めて7冠全制覇について言葉を発したのは、1994年(平6)に初めて名人を獲得した時ではないだろうか。「20代、しかも25歳までに7大タイトルすべてを獲得したい。今日みたいな将棋が指せれば夢じゃない」。
この後、90年に次いで、93年に失った竜王を佐藤康光現九段から奪い返して6冠となり、残るのは谷川浩司現九段が保持していた王将だけ。「ぜひ挑戦したい」と常に前向きだった。95年の王将戦に敗れても、残る6冠をすべて防衛して96年に再度挑戦し、ついに達成した。
山崎豊子さんの原作で、何度もドラマ化された「白い巨塔」ではないが、その舞台となった大学病院勤務の主人公、財前五郎のようなギラギラした野望、ほとばしる情熱、あくなき執念、何よりも目標へと突き進むエネルギッシュなバイタリティーが感じられた。
もう1点。羽生の場合、明らかに「勝ち負け」という結果だけが注目されていた。特に千日手指し直しの末に敗れた95年の王将戦第7局、すべてのタイトルを防衛した上で、再度挑んで7冠達成した96年王将戦第4局は、羽生の勝ち負けを報じようと、対局会場に報道陣は集結した。
当時はテレビ中継といっても、名人戦や竜王戦の初日の対局開始と封じ手、2日目の対局再開と夕方の終盤、最後は深夜に結果を含めたダイジェスト版をNHK-BSで流す程度。王将戦は95年の第7局、96年の第4局と、決着局だけ特番で組んだと記憶している。中には熱烈な羽生ファンだった書道家の故榊莫山さんのように、日刊スポーツの旧知の記者に電話し、結果を尋ねる人もいた。
今は、各タイトル戦で開始から終局まで動画を配信する。それこそ「ガラス張り」で藤井の一挙手一投足、盤外のことにまで興味が及ぶ。「見る将」と呼ばれる新たな将棋観戦ファンが増え、おやつ、勝負メシ、どんな鉄道に乗って移動してきたとか、対局会場の近くにある温泉の泉質などなど、単なる勝ち負けからニーズが広がった。
藤井が将棋ファンの裾野だけではなく、担当記者の取材の視野まで広げたと言えるのではないだろうか。【赤塚辰浩】

