26日に公開された映画「沈黙の艦隊 北極海大海戦」(吉野耕平監督)は30年前に国会で安全保障の議論に上った漫画が原作だが、今の時代を予言しているかのようだ。
今作は、独立戦闘国家を宣言した原子力潜水艦の是非をめぐり、揺れる日本の政治もテーマの1つだが、公開前に石破茂首相が退陣を表明。自民党が総裁選に突入と図らずも現実とリンクし続ける。主演、プロデューサーの大沢たかお(57)が率直な思いを語った。【村上幸将】
■原潜艦長が反乱逃亡
映画「沈黙の艦隊」は、かわぐちかいじ氏(77)が88年から96年まで漫画誌「モーニング」に連載した同名漫画を実写化した。
日米共同で極秘裏に建造された超高性能原子力潜水艦の艦長となった大沢演じる海江田四郎が、理想の世界の実現を目指して核ミサイルを積んで反乱逃亡。自らを国家元首とする独立戦闘国家やまとを宣言する。政治と軍事を切り離し、やまとが保有する核ミサイルの抑止力で世界平和をいかに達成するかと提唱し、日本の竹上登志雄首相(笹野高史)と交渉する意向を示すが、米国は核テロリストと位置付ける。
■独立戦闘国家を宣言
映画第1作は21年から企画を進め、翌22年夏に撮影を開始したが、先立つ同2月にロシアがウクライナに侵攻。今作では、やまとの支持を首相が表明した日本と米国は対極の立場に立つ。関税を引き上げた米国と交渉を続ける日本の姿とも重なって見える。大沢は「世界が激動に入った時に製作し、続編を撮り出したら日米関係の問題が改めて浮き彫りになった。日米安保、誰が守るみたいなことを、いろいろなところで議論する時代に、あっという間に入った」と語った。
■国連向かう途中経過
今作で、やまとは国連総会へ出席すべくニューヨークに向かう中、アラスカ(米国)とシベリア(ロシア)の間にあるベーリング海峡を通過する。海江田は山中栄治副長(中村蒼)から「空から短魚雷でもばらまかれたら、かわすのは至難です」と進言を受けたが「ここはロシアとアメリカの国境だ。(中略)2人(米ロ大統領)とも優秀な政治家だ。何が最善かを分かっている」と米ロからの過度な攻撃はないと明言する。
現実世界では、ロシアのウクライナ侵攻の終結を協議するため、8月15日にトランプ米大統領とロシアのプーチン大統領が会談を行った。会談はアラスカ州で開催。プーチン氏は会談で「ロシアと米国はベーリング海峡に隔てられているが、両国の距離は4キロしかない。我々が近い隣人であることは、紛れもない事実だ」と語った。
映画では、米国がやまとを撃沈せんと性能で上回る最新鋭原潜アレキサンダーをベーリング海に差し向ける。一方、現実世界においても、トランプ氏がプーチン氏との会談に先立つ8月2日に、ロシア高官の挑発的発言を受け原子力潜水艦2隻を動かすことを命じたと報じられた。映画と重なるような世界政治の動きに、大沢は驚きを隠さない。
「プーチン氏が、まさにあの海峡のことを話したんですよ。僕らが描いたのは、そこの話。(海峡の)真ん中は攻撃しないから、抜けていくという話ですから。あの発言を聞いて『セリフで言ったな、俺』と…」
■「米国の強さの誇示」
大沢は24年の大統領選で勝利したトランプ氏が、今年1月に第2次政権を発足させて以降「今まであったけれど見えにくかったことがあらわになった」と評した。「意外と国同士って危ういんだなと。武器は使わないけれど経済戦争もしている。米大統領の行動、発言が世界に波風を起こし、我々の生活まで脅かす事実を、トランプ氏は可視化したんだと思う。映画の中で描く米国の強さの誇示とリンクする」と指摘した。
■与党分断→衆院解散
国内政治においても、映画と現実は符合する。映画の中で竹上首相は、やまとの是非を巡って与党民自党内に対立が生じたため新民自党を立ち上げ、国民に信を問うために衆院解散に打って出る。原作でも描かれた「やまと選挙」は連載当時、テレビで特番が組まれたほどの社会現象となった。現実世界では、7月の参院選の大敗を受けて石破首相が退陣したため回避されたものの、自民党分断、衆院解散、総選挙の可能性が取りざたされ、今は自民党総裁選の真っただ中だ。
■「こんな人いちゃダメ」
大沢は、試写を見た政府の関係者から「海江田みたいな人が登場すればいいと思う」と感想をもらったと明かした。その上で「こんな人、出てこない方がいい。いちゃ、ダメでしょ。出てきたら大変なことになるから」と声を大にした。「それだけ世界が、あっという間に変わってしまったんでしょうね。3、4年前、そんなことは誰も思わなかったのが時代とリンクすることが多すぎて、飛躍してそんなことを思う人がいるんだなと自分が一番、ビックリしました」と続けた。
観客に作品を、どう受け止めて欲しいか? と聞くと「映画は映画。楽しいとか、感情にタッチしてくれたら僕は大満足。作品に込められたメッセージを伝えたいなんて、全く思っていない」と口にした。「我々国民は、不安な時期に入りつつあると感じます。その、ある側面を描いた作品でもあるのでお客さんが喜んでくれるなら最後まで完結させたい」と、原作の完全実写化に改めて、強い使命感を口にした。

