将棋の名人獲得経験者で、「ひふみん」の愛称で親しまれていた加藤一二三(かとう・ひふみ)さんが22日(木)午前3時15分、都内の病院で、肺炎のため亡くなった。86歳だった。同日、所属事務所が発表した。

加藤さんは数々の名勝負とともに、独特な早口と柔らかで親しみやすい口調の解説で、将棋の魅力を伝えた。中でも語り草なのが、07年NHK杯将棋トーナメント2回戦の、羽生善治王座・王将と、中川大輔七段(いずれも当時)の一戦。加藤さんは中盤まで、羽生が苦戦の情勢と解説し「指す手がなくなった」などと、厳しい見立てを示していた。

ただ、羽生が相手陣内の深くに銀を打ったタイミングで、加藤さんは突如「あれ?あれ? あれ? あれ? 待てよ、あれ? おかしいですね?」と、トレードマークの甲高い声が動揺した様子に。「もしかして頓死?えっと、こういって、あれれ、おかしいですよ」「歩が3歩あるから、頓死なのかな?えー」と、自身の頭の中で、大逆転の道筋への計算をそのまま口にした。その後も「大逆転ですね、たぶん」「NHK杯史上に残る大逆転」と大興奮。細かい説明はそっちのけで「歩が3歩あるから」と繰り返し、「ヒャー! 驚きました」と感情あらわに叫ぶ場面もあった。

この解説ぶりで見せた親しみやすさが、後年も動画サイトなどで大人気に。加藤さんの人柄を示す一幕として語り継がれている。

羽生も後年の特集番組でこの一戦と加藤さんの解説を回想。敗北を覚悟していたと明かすと「一応王手をかけていったら、何か(相手が)危ない、というのが分かって。加藤先生が『あれ?』と言ってましたけど、まさに私の心情を言っていただいたような感じでした」と回想した。司会者から「羽生さんも心の中で『ヒャー!』と言った?」と聞かれると、羽生は笑いながら「ヒャーとまでは言ってないですけど、あれ?とは思っていました」と、加藤さんに心中を代弁されたことを語っていた。

加藤さんの家族によると、加藤さんは24年正月すぎあたりから体調を崩し、入退院を繰り返していた。同年11月の詰め将棋掲載連続回数のギネス認定式、25年5月の棋王戦50周年記念祝賀会に出席した際には車いす姿だった。

加藤さんは1940年(昭15)、福岡県生まれ。54年8月、14歳7カ月で初の中学生棋士としてデビューした。この最年少記録は、16年10月、14歳2カ月でデビューした藤井聡太(肩書)に更新されるまで、62年間破られなかった。

棋士生活63年で通算1324勝1180敗。戦前生まれの名人経験者として最後の存命者であり、50年代から00年代まで、各年代で唯一A級に在籍した棋士でもある。

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