歴史的な一戦の裏側に迫る「G1ヒストリア」が春に続き、秋もスタートする。第1弾は07年のスプリンターズSで逃走劇を披露した3歳牝馬のアストンマーチャンを取り上げる。騎手時代、テン乗りで同馬をG1初制覇に導いた中舘英二調教師(58)は94年エリザベス女王杯(ヒシアマゾン)以来、自身にとって13年ぶりのG1勝ち。師が当時を振り返る。

07年9月、逃げきってスプリンターズSを制したアストンマーチャンと鞍上の中舘騎手はゴールでガッツポーズ
07年9月、逃げきってスプリンターズSを制したアストンマーチャンと鞍上の中舘騎手はゴールでガッツポーズ

「『行っていいぞ』と先生(石坂正師)から言われて、気がすごい楽になった」。中舘師はスプリンターズSの装鞍所で覚悟が決まった。追い切りで、初めてアストンマーチャンにまたがったのは、最後にいつ行ったのかさえ忘れていた栗東トレセン。「ごついなと思った。牝馬らしくない感じ。1200メートルで折り合えるかなと」と初対面を振り返る。G1でウオッカ、ダイワスカーレットなどとつばぜり合いを演じた同馬の能力はすぐに分かったが、折り合いだけが心配だった。石坂正師のひと声は願ってもない内容だった。「普通は行っていいと言われると行かなくちゃ、行かなくちゃとなるけど、この馬の場合なら折り合いを考えなくていいなと思った」。頭の中から不安が消えた。

天気は雨、馬場は不良の中山。一目散にハナに立つことを目指した。外のローエングリンが好発を切ったが「自分の馬も出ていたし」とお構いなし。1ハロン通過までに後続に3馬身差をつけた。「馬の邪魔をしない。馬のリズムに集中して、相手にリズムを取らせない。自分のリズムを他馬にも強要する。レースを支配する感じ」。“逃げの中舘”の真骨頂が大舞台で発揮される。勝つ手応えは4コーナーで感じた。後は直線の急坂だけ。「思ったより馬場が悪かったから、さすがに最後は脚は上がっていた。普通の馬なら馬群にのみ込まれる。こらえてくれという感じ。よく頑張ってくれた」。2着サンアディユを3/4馬身差封じ、待望のG1戴冠となった。

中舘英二調教師(2023年2月4日撮影)
中舘英二調教師(2023年2月4日撮影)

自然と出た2回のガッツポーズ。その後すぐにアストンマーチャンをなでた。「すごいうれしかった。ローカルを主戦場にしていたから、G1を勝つことなんて諦めていたところもあった。感謝しかない」。13年ぶりのG1タイトル。忘れていた勝利の味をかみしめた。泥汚れ1つない人馬のその姿は、今も競馬ファンの心に残っている。【舟元祐二】

 
 

◆アストンマーチャン 2004年3月5日、社台ファーム(北海道千歳市)生産。父アドマイヤコジーン、母ラスリングカプス(母父ウッドマン)。牝、鹿毛。馬主は戸佐真弓氏。栗東・石坂正厩舎から06年7月にデビューし、同年の小倉2歳S、ファンタジーSを勝利。阪神JFではウオッカに首差2着。3歳ではフィリーズレビューを勝ち、桜花賞へ駒を進めたが7着。夏に短距離路線に戻り、迎えた秋初戦のスプリンターズSを制覇した。通算11戦5勝。08年シルクロードS10着がラストラン。同年4月21日に急性心不全のため死亡。