名手のダービー初騎乗は大敗だった。連載「福永時代 前人未到ダービー3連覇へ」の第2回は、福永祐一騎手(45)がダービーに初めて騎乗した98年を振り返る。その騎乗馬キングヘイローを管理した坂口正大元調教師(81)が当時の裏話を明かした。

3強決戦にわいた98年ダービーは、ジョッキー福永祐一の「原点」かもしれない。武豊のスペシャルウィークが1番人気、横山典の皐月賞馬セイウンスカイが3番人気。2人の名手に挟まれる形で、福永のキングヘイローは2番目に高い支持を集めていた。

デビュー3年目、21歳にしてダービー初騎乗。キングヘイローを任せた坂口正大元調教師にはその緊張が手に取るようにわかった。

坂口大元師 まさに顔面蒼白(そうはく)。本人は「風邪気味で…」と言っていたけど、あの顔色を見たら、相当硬くなってるな…と。本馬場入場の際には、みんな逆回りで4コーナー方向の待避所へ行くのに、福永だけは順回りで1コーナー方向へ出て、トコトコトコトコと1周回ってきた。よほどファンの前を通るのが嫌だったんだろう。

その緊張には初ダービー以外にも理由があった。天才・福永洋一元騎手の息子であり、勝てばJRA設立以降の最年少制覇。早い段階からテレビ局の密着取材があった。「私も経験があるが、かなりのプレッシャーになる。ずっと追いかけられてね。ましてまだ3年目だから…」(師)。

ただ、週中には、現在の福永騎手を思わせる分析力も垣間見せていた。厩舎を訪ねてきた福永は「エリモエクセルのように乗りたいです」と師に伝えた。

坂口大元師 前週のオークスを、的場騎手の乗ったエリモエクセルが6~7番手から勝っていた。福永もどうすればキングヘイローが勝てるか、考えてくれているんだなと思ったよ。だから、ダービー当日は特に指示をしなかった。

運命のゲートが開く。最初のコーナーをキングヘイローは先頭で通過した。元師も目を疑う“暴走”だった。「6~7番手どころか先頭…(苦笑い)」。大歓声に迎えられた最後の直線、力強く抜け出す武豊スペシャルとは対照的に、福永キングヘイローはラチ沿いで後方へ沈んだ。14着。

坂口大元師 本人は大変だったと思う。その後、ダービーを勝てなくて悩んだ時期もあっただろう。でも今、福永がこれだけの騎手になったからこそ、あのダービーが笑い話になる。

初騎乗での大敗は“福永時代”の礎となっている。【伊嶋健一郎】