9日に77歳で亡くなった小倉智昭さんは、競馬中継が世間に名前を知られるきっかけになった。
東京12チャンネル(現テレビ東京)の局アナ時代の競馬実況が大橋巨泉さんの目にとまり、大橋巨泉事務所にスカウトされた。1976年にスタートした「大橋巨泉の日曜競馬ニッポン」で総合司会を務め、番組の目玉だった巨泉のレース回顧では、息の合った掛け合いで盛り上げた。
〈1982年スプリングSのレース回顧を一部再現=6連勝中の1番人気サルノキングが最後方から3角まくりを打ったが4着に敗れ、2番人気ハギノカムイオーの逃げ切りを許した〉
(小倉)サルノキングの田原騎手ね、この前の弥生賞が終わった段階で次のスプリングSは皐月賞向けのレースで後方からの競馬をしたいと言ってましたね。
(巨泉)僕がハギノカムイオーを本命にしたのはサルノキングの調子に疑問を感じたから。この辺でひと息入れないともたないですからね。予想の上では今日はハギノカムイオーだと思った。他の馬が楽に逃がしすぎましたから。1分51秒5というのは遅いですよ。ただし上がりが48秒3の35秒7ですから、これじゃね、絶対届かないですよ。4歳の馬が後ろから来たんじゃ。
(小倉)ウマノキングでも届かない。
(巨泉)ましてやサルノキングに届くわけがないですからね。
(小倉)払戻金です…(苦笑い)

