東日本大震災から今日で14年がたつ。

今月からデビューを果たしたルーキー・遠藤汰月騎手(19=伊藤伸)は福島県出身。

どんな思いをしたのか、震災当時の話を聞こうと思ったのだが、発生時の騎手は5歳。

どれだけ覚えているかという気にもなったが、遠藤騎手に話を聞くと「はっきり覚えていますよ。小さい頃の記憶で断トツです」と返ってきた。

被災時は福島市の保育園にいた。震度は6弱を観測した。

「最初小さい揺れで、一応机の下に隠れてくださいって感じで言われて。そこからだんだん強くなっていって、その机もどっか飛んでいくような強さ。棚の上に置いていたモノも全部倒れちゃって、それですぐ外に避難したんですけど。保育園の壁もぽろぽろ崩れ始めていて…」。

まだトレセンに来て片手に収まるほどしか話したことはないが、いつも笑顔で明るい印象であり、腕が達者になればそのキャラクターも相まって人気が出そうだな、と思える。

そんな元気なルーキーでさえ、震災の話になると、時折暗い表情を見せた。

地震が発生した直後、避難状況についても教えてくれた。

「建物の下敷きにならないように1回外へ避難して、落ち着いてから保護者に迎えに来てもらいました」。

大きな揺れの最中ももちろん大変だったが、その後の被害では街全体が断水するなど、さらに厳しい事態も経験する。

発生から1週間後、相馬市の方へ足を運んだ。その時に見た光景は、一生忘れられないと明かした。

「街の景色がぐちゃぐちゃですごすぎて…。車も6台くらい積み重なっていて、地震のすごさを改めて思いましたし、一番の恐怖体験です」。

体験したから、恐怖を味わったから「対策をしたからといって、決して油断できないものです。今でも夜寝ているときとか少し揺れただけで怖くて起きます」と地震、そして津波に対しての怖さは拭えない。

そんな彼も、街の復興とともに成長し、今は夢だった騎手という職業についた。

東日本大震災を経験して学んだものとは-。

「気をつけることが多くなりました。どこに出かけるにしても忘れ物がないか、とか。地震とかは関係なく、日常の生活から当たり前のことをしっかりできるように意識しています」。

近年の競馬界では、若手騎手がスマホの使用などによる騎乗停止や引退などが相次ぐ現状。

スポーツはルールがある上で成り立つため、当たり前のことを当たり前のようにできることが大切な心構えだ。

遠藤騎手が決して忘れない3・11を胸に、騎手の世界で活躍を続けてほしいと願う。【深田雄智】