いつまでも見ていたい、素晴らしい試合だった。岡谷南と松本第一の試合は、攻防が続く、グラウンドの全員が関わる生き生きとした試合だった。

実は、前日9日に行われたこのカードは、雨天ノーゲームになっていた。後攻の松本第一が6-0とリードし、6回裏1死満塁の攻撃中に雨天ノーゲームが決まった。長野大会要項では試合規定として、降雨、雷鳴、日没等の天候状態によるコールドゲームは7回成立以降に適用するとされている。つまり、松本第一にとっては6回裏の攻撃が終わり、あとは7回表の岡谷南の攻撃を抑えればという勝利の権利が、目の前にあった。それが雨天ノーゲームとなり6点リードのプロセスは消え、翌10日に再試合になっていた。

両チームとも前日から先発投手を代え、投手を中心としたスリリングな試合が展開された。岡谷南は8回までに8犠打を決め、得点圏に走者を進め1点を奪いに行く。これを松本第一のエースナンバー「1」、ワインドアップが特徴の平谷光盛投手(3年)が、球質の重そうなストレートとスライダー、緩急のあるチェンジアップでしのいでいく。

対して松本第一は初回から4イニング連続で先頭打者を出し、積極的に攻め込む。これを岡谷南の変則サイドスローの宮原貫大投手(3年)が打ち気をそらす変化球でかわし、決定打を許さない。打者のタイミングが取りづらいフォームで、前日打たれた松本第一の強力打線に得点を与えない。5回1死一、三塁では松本第一の古川祐輝内野手(3年)のスクイズを、好フィールディングでホームで封殺。前日の流れを完全に断ち切り、全くの互角だった。

岡谷南の主将・小池龍捕手(3年)は「やっていて楽しかった。本当にいい試合をしているんだと自分たちも感じることができる試合でした」と、振り返った。ベンチは、味方打者のファウルひとつに、拍手と歓声を送り鼓舞した。スタンドの応援も含めて、前日の試合がノーゲームになったことで、今日こそ勝つんだという意欲にみなぎっていた。

そして、小気味いい守備と、果敢な攻撃を見せていた松本第一も、“悪夢”を振り払おうともがきながら、懸命に心の平静を保とうとしているように映った。それは無理もないことだった。試合後の田中健太監督(26)は「私自身も選手も冷静になれない、切り替えられない1日を過ごしました」と、偽りのない言葉を残している。

規定通りであることはよく理解していても、心のどこかに6-0の事実が頭をもたげる。さらに、前日は序盤からリードを保てた打線が先制できない現実に、焦りが出てくる。松本第一の選手にとってはまさに試練の9イニングが回を追うごとに、白熱するグラウンドの熱気と反比例するように、無言のプレッシャーとしてのしかかってきた。

迎えた9回裏。岡谷南の攻撃は2死走者なし。小池の打球は遊撃正面へのゴロ。しかし、わずかにイレギュラーして、左翼前へ。エース平谷は気持ちを切り替えて4番、左打者の五味音央外野手(3年)と向き合う。2ボールと打者有利のカウントとなった3球目。スライダーが懐へ甘く入った。「甘かったと思います。球数が増えて、疲れもあったと思います」。投じた130球目が、試合を分けた。

雲の間から空がのぞく。その空間へ、五味の打球はセンターへ伸びていく。前日は雨が降っていた。松本第一の選手の気持ちを考えると、辛い現実が目の前で展開していく。天候に見放されていた。センターの市脇太陽(2年)が背走して背走して、打球は頭を越した。

2死のため、一塁走者の小池は打球が飛んだ瞬間にスタートを切っていた。打球がセンターを越えた時、既に小池は三塁に到達しようとしていた。ホームにカバリングに入った平谷は、その光景をじっと見ていた。「かえってくるな、そう思いながら見ていました」。さっきまで気迫がみなぎっていた体から、力が抜けていく。肩は落ち、一気にしぼんでいくように、大事な何かが体から抜けていったようだった。

走者小池は、三塁を回る。そこで次打者の宮原がネクストバッターズサークル付近ではしゃいでいるのが見えた。「もう、喜んじゃいました」。ニッコニコの小池はホームに滑り込み、殊勲打の五味はチームメートにもみくちゃにされた。「サヨナラヒットははじめてです。中学も含めて、う~ん、ないです」。人生初の殊勲打に晴れやかに笑った。

雨天ノーゲームを忘れ、気持ちを新たに試合に臨む。もっともなことだが、この心構えは両チームにとって当然のことながら天と地ほどの開きがある。九死に一生の岡谷南は小池が「1回死んだ身、切り替えてやろうと、昨日の試合後にみんなで話をしました」と言い、松本第一の田中監督は「冷静になれなかったです。昨日、生徒には『これを乗り越えてもっと強いチームになろう』と話しましたが、昨日と違う展開にいやな雰囲気を感じながらの試合でした」と、本心を明かしてくれた。

試合後、小池は松本第一の主将林和希捕手(3年)から「俺たちの分も頑張ってくれ」と言われ、握手をかわした。小池は「勝ち進んでいくしかないです」と言った。松本第一にとっては不運であり、受け入れることは簡単ではない敗戦となった。

これが、この一瞬にかける高校野球夏の地方大会であるからこそ、より一層のコントラストを描く。できることなら、いつまでも見ていたい試合だった。【井上真】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)