甲子園球場の記者席は、ネット裏上段にある。夏の甲子園期間は、すぐ横にNPB在京球団のスカウトたちが連なって座っている。

例えばある日の第2試合、注目投手が4回を投げ終えると多くのスカウトが昼食に中座した。あの球団幹部、昨日はいたのに今日はいない。あれ、今日はあの球団は誰もスカウトがいない-。動きを見るだけでも、各球団のドラフト候補選手への評価が垣間見える。

11日の第4試合、花咲徳栄(埼玉)-明石商(兵庫)は12球団のスカウトが見つめた。花咲徳栄・韮沢雄也内野手(3年)がお目当ての1人だろう。ミートに優れた打撃と、強肩の遊撃守備が評価されており、6月末のナイターでの練習試合にも9球団のスカウトが集結したほどだ。

4月のU18高校日本代表1次候補合宿で、自主的にバットを短めに持ち、その後から安打を連発していた。もともと芯で捉える技術には定評があったが「短く持っても、外角の球に対応できることが分かったんです」と、自身の工夫で進化してきた。

その韮沢が、夏を前に調子を落としていた。引っかけての内野ゴロが増えた。夏の甲子園は3年連続出場。「甲子園の打席では、自分のゾーンに入ることが何より大事だと思います」と知っている。そのためのルーティンを微調整。レフトへのいい打球が増え、岩井隆監督(49)も10日の練習で「韮沢がいま一番いいかな」と認めていた。

明石商の最速149キロ右腕・中森俊介投手(2年)との対戦。「2年生なのにすごくいい投手でした」。初回の1打席目は高めのつり球に空振り三振。このままでは終われない。4回の第2打席では追い込まれてからの外角直球を、うまくレフト前へ流した。

遊撃守備では第4試合の荒れ気味のグラウンドながら、難しいバウンドにもしっかり合わせていった。ただ1つ、6回、遊ゴロでの一塁送球がわずかにそれたことが悔やまれる。「ちょっと握り損ねました…」。失点につながった失策に「粘りきれませんでした」と声を落とした。

成長は仲間が一番知っている。二遊間を組む羽佐田光希内野手(3年)が「あいつ、この1年で本当に変わりましたよ」と喜ぶ。「去年は試合中に声を掛けても返事がない時が多くて。自分の世界に入っちゃってるというか。それが今は、自分から投手に声掛けして、マウンドにもどんどん行って」。

プロ野球選手になりたい-。韮沢にはチームのために…と同時に、自分の将来がかかる大会でもあった。「いい投手でも自分の打撃をして、打ち取った打球を確実にアウトにするところをアピールしたい」と話していた。磨いた攻守は、スカウト陣のお眼鏡にかなったのか。

ハイレベルな熱戦に取材も慌ただしく、各球団の韮沢評を集めることはできなかった。ただ、事実を伝えるならば、11日朝8時前から甲子園に陣取ったスカウト陣が一斉に席を立ったのは、夕方6時ごろ。粘った末に強い一ゴロになった、韮沢の8回の第4打席が終わった瞬間だった。【金子真仁】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)

惜しくも試合に敗れ涙する花咲徳栄ナイン(撮影・清水貴仁)
惜しくも試合に敗れ涙する花咲徳栄ナイン(撮影・清水貴仁)