ヤクルト-阪神1回戦はテレビ大阪が今季初中継していた。解説は江夏豊だ。何と言っても猛虎のレジェンド。機会があれば耳を傾けるようにしている。江夏の名前で思い出す逸話は数多いが、ここではあの有名なものに触れてみる。

73年8月30日の中日戦。江夏は延長11回を無安打無得点に抑え、その裏、自身でサヨナラ本塁打を放って勝つという離れ業を成し遂げている。その後、今までそんなことは起こっていないし、間違いなく、今後も起こらないだろう。

その試合後、江夏はある記者(我々の大先輩)からこう声を掛けられた。「江夏くん。野球は1人でもできるもんやなあ?」。それに25歳の江夏は「はあ…」と笑いながらうなずいた。そこから「野球は1人でもできる」という逸話が生まれた。江夏を含む関係者数人から後に聞いた。

江夏自身が具体的に「1人でも…」と口にしたわけではないので豪語したと取られては気の毒なのだが“昭和のにおい”のするエピソードで好きだ。

そのイメージとは正反対に江夏は野手に対して謙虚だった。高校時代、内野の失策に帽子をたたきつけて悔しがったら師事していた監督に厳しく叱責(しっせき)された。そこからプロになっても味方の失策が出ても不満を表情に出すことはなかったという。

阪神の今季初勝利。スタメンで唯一、安打がなかったのは期待の新加入ボーアだった。6回、走者を置いた場面でボーアが空振り三振に倒れた後、江夏はこんな話をしていた。

「ほかがカバーしてやらんとね。巨人との3連戦を見ていて巨人の3番丸は1安打しか打たなかったけど2番坂本、4番岡本が打ってたから。あれで丸がラクになる」

だから6回2死になって梅野隆太郎が適時打したことを高く評価した。言うまでもなく野球はみんなで戦うチームプレーという基本の考えを口にしたのだ。

ボーアには打ってもらわなくては困る。ビッグマネーをかけて獲得し、期待も大きいのでそれは当然だ。とにかく早く1本、出すしかない。それでもボーアが打たなければ勝てないというのも、それは情けないではないか。

ボーア、早くメジャーの力を見せろ。それまでオレたちで頑張っておくから。そんな前向きで自信にあふれるムードがチームに出てくること。それが大事だ。(敬称略)

ヤクルト対阪神 6回表阪神2死一、二塁、梅野は右前適時打を放つ(撮影・鈴木正人)
ヤクルト対阪神 6回表阪神2死一、二塁、梅野は右前適時打を放つ(撮影・鈴木正人)