阪神のオールドファンなら誰でも知っているであろう逸話から書きたい。レジェンド江夏豊が若かった昭和40年代初頭の話だ。当時の阪神エースは言うまでもない村山実である。ある巨人戦の前に江夏は村山に呼ばれた。巨人の練習をいっしょに見ろと言う。

視線の先にはON、そう長嶋茂雄と王貞治の2人がいた。もちろん現役バリバリである。すると村山は王の方向にあごをしゃくってこう言ったという。

「おまえの相手はあれ、オレはこっちや」

こっちというのは長嶋のことだ。「長嶋はオレに任せろ、左腕のお前のライバルは王だ」という村山からの指示だった。偉大な打者をライバルと言われた江夏。「おこがましい気持ちと同時に武者震いするような興奮を覚えた」という。自伝「左腕の誇り」(新潮文庫)に記している。

今の選手はいろいろな意味で洗練されているし自分のライバルはだれそれとハッキリ口にするような選手はあまり見受けられない。いかにも「昭和のにおい」のする話だがビッグネーム同士がそんな会話をしていた、というのはやっぱりワクワクする。

その江夏はこの広島戦、テレビ大阪で解説をしていた。やはりレジェンドが何を話すかは注意してしまう。はたして興味深いことを言った。ご覧になっていた関西地区の方は先刻、ご承知だと思うが新加入のサンズについてだった。

「勝負してみたいと思わせるバッターですよね。投げてみたいね。チャンスでこれだけ打てるんだから面白いバッターですよ。何を待っているのか、そんなことを考えながら勝負してみたいね」

藤浪晋太郎、大瀬良大地の右腕2人が責任投球回数を投げきれず、流れがどちらに行くか分からない接戦だった。阪神には広島のお株を奪うような足を絡めた攻撃も。ミスも出たが見どころは多かった。

それでも振り返るとやはり阪神の勝利にはサンズの力が大きかったと思う。1回、無難に立ち上がった大瀬良から2回に中前打を放ち、先制ムードを演出。続く3回には同じく大瀬良から4点目の適時打と着実に流れをつくった。

レジェンドに「勝負してみたいね」とまで言わしめた助っ人の活躍が続いている間に若手打者がさらにレベルアップしてほしい。それが勝敗と同様、重要なことである。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)

広島対阪神 2回表阪神無死、サンズは中前打を放つ(撮影・加藤孝規)
広島対阪神 2回表阪神無死、サンズは中前打を放つ(撮影・加藤孝規)