6・6秒で、広島広瀬三塁コーチは何を考えたか。5月3日巨人戦。3-3に追いつかれた後の8回1死一、三塁の攻撃。西川の滞空時間6・6秒の高く、浅い左飛で三塁走者曽根がタッチアップし、本塁返球がそれる間に決勝点を奪った。ふつうの返球ならアウトのタイミング。ギャンブルスタート成功には、プロならではの準備と観察と判断があった。

フライは浅すぎた。だが、広瀬コーチは、左翼重信の打球へのアプローチの仕方を見て「いけるかも」と思った。捕球地点と本塁を結ぶ直線コースに入っておらず、送球が不安定になることが予想されたからだ。顔の左横で捕球したのを見て「やはりいける」と判断した。左投げなら右手のグラブを使って顔の左側で捕球すればすぐに送球体勢に入れるが、右投げは切り返す分、時間的ロスが生まれる。「いけ」。曽根の背中を押した。

判断には伏線がある。この回からレフトに入った重信の送球はスライダー回転で、不安定なのはチェック済み。曽根の俊足も考慮し、塁上で「少々浅くても行くぞ」とささやいていた。「どのくらい浅ければ行くんですか?」。「全部行くつもりでいろ。俺が判断する」。明確に指示。無理だと思えば、途中で引き返させればよかった。

チーム状況、試合状況も考えていた。快勝ムードが7回に2失策が出て同点に追いつかれ、流れは巨人。タッチアップを自重し、2死一、三塁となれば次打者に重圧がかかる。打てなければ、ムードは悪くなる。ならば、際どいタイミングでも勝負したい。そして、想定した飛球が上がった。

三塁コーチといえば、西武黄金時代の走塁を支えた伊原春樹氏が思い浮かぶ。同氏はかつて本塁を狙う基準について「セーフの確率が50%ならGO」と言った。広瀬コーチはどうだったか。「打球が上がった瞬間は『ストップ』でした。捕球までの何秒かの間に、行くか行かないかのラインを、こうやって動きましたね」と、右手をメーターの針のように動かした。そして「何より、曽根がよく走りました」と強調した。

綿密に準備し、走者と作戦を共有し、観察し、判断した段階で、生還を確信していた。これがカープ野球。もはやそれは、ギャンブルスタートではなかった。【広島担当 村野森】