巨人上原が引退「若手の投げる機会を奪いたくない」

史上初の日米通算100勝100セーブ100ホールドの「トリプル100」を達成したレジェンド、巨人上原浩治投手(44)が、シーズン途中に引退する意思を球団に伝えたことが19日、分かった。

日本復帰2年目の今季は1軍登板がなく、2軍戦9試合にとどまっていた。昨年10月に左膝クリーニング手術を行い、自由契約を経て巨人と再契約。厳しいトレーニングを継続してきたが本来のパフォーマンスには戻らず、今日20日にも会見を行う。

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首位を走るチームの力になるために、川崎市のジャイアンツ球場で若手選手と汗を流してきた上原が、大きな決断をした。

現役最年長の44歳は、大リーグ4球団を経て昨年3月に10年ぶりに古巣巨人に復帰。今季1軍登板はなく、イースタン・リーグ9試合で0勝0敗、防御率4・00だった。

3日の同ロッテ戦では8回から登板し、本塁打を浴びるなど1回1失点。今季限りで引退する同学年の福浦と対戦して右飛に打ち取ったが、その後は実戦から遠ざかった。19日は2軍遠征にも同行せず、残留練習に参加していた。

「2軍で抑えられないようじゃ、1軍では抑えられない。辞めるならチームに迷惑をかけたくない。若手の投げる機会を奪いたくないから」と決意を固めた。

昨年は「メジャー以外は引退するつもり」という発言を撤回し、開幕直前に巨人に復帰。0勝5敗に終わると、現役続行を目指して10月に左膝のクリーニング手術に踏み切った。自由契約を経て、再契約。エース菅野が背番号「18」に変更したことで、慣れ親しんだ「19」で再起を期した。キャンプ不参加だった18年シーズンとは違い、今季は2軍キャンプで左膝の状態を見極めながら投げ込んだ。オープン戦終盤の3月23日からは2試合連続で1軍登板を果たしたが、球威が戻らず開幕2軍スタート。2軍戦でも本来の姿を取り戻すことはできなかった。

シーズン途中の引退は異例だが、その功績が色あせることはない。1年目の99年に20勝を挙げて新人王に輝くと、NPB通算112勝をマークして、09年に大リーグ・オリオールズに移籍。レッドソックス時代の13年には、日本人投手として史上初めてワールド・シリーズの胴上げ投手になった。昨年7月には日本球界初の100勝、100セーブ、100ホールドを達成。五輪2大会に加え、06年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で世界一に導くなど、国際大会でも無類の強さを誇った。

大学入学前に浪人した19歳の苦しい1年間を忘れないように、球界のスターになっても背番号「19」への愛着は変わらなかった。代名詞の「雑草魂」を貫いた右腕が、野球人生に1つの区切りをつけた。

◆上原浩治(うえはら・こうじ)1975年(昭50)4月3日、大阪府生まれ。東海大仰星から1浪して大体大進学。98年ドラフト1位で巨人入団。1年目に最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率、沢村賞、新人王、ベストナイン、ゴールデングラブ賞。02年は17勝で2度目の沢村賞。08年オフにFAでオリオールズ移籍。レッドソックス時代の13年には抑えでリーグ優勝決定戦MVP、ワールドシリーズ制覇。大リーグでは4球団でプレーし、巨人復帰。昨季は7月に日本人初の日米通算100勝、100セーブ、100ホールドを達成。昨季最終登板時の43歳5カ月は巨人の球団最年長出場。04年アテネ五輪、06年WBC、08年北京五輪代表。187センチ、87キロ。右投げ右打ち。

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