西武松井稼頭央監督(47)の表情がその時、一段と和らいだ。

「古市が(スタメン)マスクかぶって初めての勝利ですからね。本人も一番うれしかったと思うし」

古市尊捕手(21)をスタメン起用したのは、4試合目だった。過去3試合はチームが負けていた。13日の巨人戦(東京ドーム)もスタメンマスクで敗れた。試合後、21歳は素直な感情を口にしていた。

「まだ1勝もしてないので。勝ちたいですね、やっぱり。勝ちたいですし、そうっすね、勝ちたいですね。そこだけっす。何点取られようが勝ちたいっす」

何点取られても-。この日は初回、3点を失った。

「辛抱強く守るしかないと思って。平良さんには『ここからゼロで行きましょう』と言って」

今年の4月に支配下登録されたばかりで、公式戦での平良との先発バッテリーは初めてになる。6つの球種を操る右腕だ。

「スライダーとかを相手に張られている感じがあって。平良さんには『一度、まっすぐを軸にしてみませんか?』と言って」

提案通り、直球の比率を増やしていく。2回から7回までは広島打線を2安打に封じ込めた。

チームは7連敗し、その輪の中にいた。

「苦しかったですね。僕も出るたびに負けて。勝ちきれないムードもあって。まだ年齢も若いので、どういう立ち回りをしたほうがいいか分からない時もあって」

代走に出れば、果敢なヘッドスライディングでベンチの士気を高める。目の前のやるべきことに集中しすぎて、忘れていた。

「今日、父の日なんすか? 僕、今日って知らなくて(笑い)」

両親が瀬戸大橋をわたり、地元香川から広島へ応援に来てくれていた。5月12日の楽天戦(ベルーナドーム)で初安打を放った。その時も両親は何時間もかけて、所沢まで応援に来てくれた。前回はたまたま、母の日の前日。記念球も母に直接渡すことができた。

この日は試合が終わり、古市自身もすぐに帰京した。父からはLINEが来た。「おめでとう、父の日にありがとう」。高校卒業後、独立リーグを経て、育成選手で西武入りした。重ねに重ねた苦労がどんどん実る。必死にプレーし、見る人の心を熱くする。

だから、松井監督も7連敗中ながら思い切って古市にリードを託せる。

「もちろん、平良とも組んでいかないといけない捕手と思うし。この投手にはこの捕手、というのはまだないので。9番につなぐ意味ではもちろん打つ方でも期待しているし、リードもスローイングにもいいですからね」

26歳年下の“孝行息子”はついに、1軍捕手として苦しいチームに白星をもたらした。「おめでとう」と伝えた。【金子真仁】