練習から引き揚げると、夏の甲子園決勝がテレビ中継されていた。自然と目に入る。西武佐藤隼輔投手(23)は23日の試合を控えながら「育英、普通に応援してますよ。須江監督、すごいですね」と笑った。

仙台市立仙台高校を卒業した。2015年、高1の夏。宮城大会1回戦で宮城広瀬相手に完投勝利。135キロを投げ込んだ。日刊スポーツ東北版に「内田篤人似の背番号18が華々しくデビューした」という書き出しの記事が踊ったのは、自身も今でも覚えている。

1年夏は、リリーフ登板した2回戦で仙台育英に敗れた。仙台育英はそのまま勝ち進み、全国決勝で東海大相模(神奈川)に敗れた。だから仙台育英の甲子園準Vも、その年以来8年ぶりとなる。

「すごかったですね。甲子園準優勝まで行きましたし。育英は県大会と甲子園だと、戦い方も全然違うみたいですね」

その言葉からは、自身の球が一定程度通用した手ごたえも垣間見える。

1年生の佐藤隼が対戦した仙台育英は、オリックスに進んだ佐藤世那投手と、ロッテに進んだ平沢大河内野手が投打の軸となるスター軍団だった。「平沢大河さん、県大会で2本しかヒット打ってないんですよ、そのうちの1本、僕からっす。郡司さん(現日本ハム)とかもやったんですよ」と懐かしむ。

でも、と続ける。

「大河さんと佐藤世那さん、県大会で調子悪かったんですよ。百目木くんが活躍したから、県大会をきっちり勝ち抜いていったのかなと思います」

背番号10の右腕、百目木(どめき)優貴投手の名を挙げた。

「キャプテンの佐々木柊野(とおや)くんも」

当時の仙台育英主将の名も挙げた。

2学年上の選手なのに「くん」で呼んだ。同じ仙台市内でも自身の自宅に近い地区の出身で、スターたちは佐藤隼輔少年にとって身近な存在でもあった。

「柊野くんは小学校が一緒です。うちのお姉ちゃんと同じ学年で。たしか、消防士になったんですよね」

でも、中学時代は仙台育英に進学したいとは思いもしなかったという。

「私立の強いところからのお誘いも、いくつかありました。でも、行きたくなかったっす。あの頃はプロ野球選手とか目指してなくて、なんとなく続けてて。のんびりやりたかったんですよね。中学のみんなと一緒に仙台高校に」

そんな道を進んで、タフな場面で投げる今に至る。【金子真仁】