西武佐藤隼輔投手(23)が“サトシュン先生”になった。4日、さいたま市内の三室中学校で、日本サッカー協会(JFA)と日本プロ野球選手会が連携して行っている「夢の教室」に夢先生として登壇した。

西武のホームゲーム用ユニホームを着用し、体育館で2年生約40人と対面。呼び名を求められると「佐藤と隼輔なので、サトシュンって呼んでください」とリクエスト。“サトシュン先生”が誕生した。

筑波大時代は「絶対教員はやらんと思ってた」と教職課程は履修しなかった。だが、才能はある。ボールを使ったレクリエーションでは、サトシュン先生と生徒が横一列に並び、手をつないだ。スタッフが真上に投げたボールが宙に浮いている間、ダッシュを繰り返し、約20メートル先のラインに到達すればクリアとなるゲーム。だが、ボールが手に収まっている間は動いてはいけない。「だるまさんが転んだ」のようなルールで、生徒たちはフェイントに苦しんだ。作戦タイムではサトシュン先生を中心に輪ができ、身ぶり手ぶりを交えながら作戦を練ると、すぐにクリアした。

その後はスーツを着てネクタイを締め、教壇に立った。自身が小学4年で野球を始めてから今日に至るまでを話した。サトシュン先生の中学時代の夢は「幸せな家庭を築くこと」だったという。

「中学の仲間たちと一緒に勝つことに喜びを感じた」と、高校は公立の仙台(宮城)に進学。3年春の春季大会での好投がプロのスカウトの目にとまり、「プロ野球選手」が夢になったという。

筑波大に進学すると、2年夏に日米大学野球選手権大会で日の丸を背負い、プロ入りが現実味を帯びた。プロ入り後も先月11月のアジアチャンピオンシップで再び代表入り。28年の「ロス五輪」が目標に。「何か自分の人生できっかけというのが絶対出てくる。何か1つで人生ガラッと変わる」。丁寧に話した。

「夢って例えば大きな家に住むとかでも良いと思う。じゃあ、大きな家に住むにはどうしたらいいかって考えてみよう」

時には膝を立てて、生徒と同じ目線で中学2年生とゆっくり言葉を交わした。

自身の中学時代は「中1まではやんちゃしてました。でも中2のクラス替えの時からなんか女の子としゃべれんくなって。思春期ってやつなんですかね」だったらしい。

最後に、三室中野球部で捕手をしている生徒にアドバイスを求められた。

ここはズバッと一言。「困ったら、インコース」。サトシュン先生は一転して剛速球で締めた。【黒須亮】