WBCの世界一経験者同士、阪神湯浅京己投手(24)とOBで日刊スポーツ評論家の岩田稔氏(40)がキャンプ地の沖縄・宜野座で対談した。今年1月に米国に出向き、動作解析で手に入れた新フォームに加え、岩田氏が注目したのは昨季終盤に1センチ短くした新グラブ。操作性がアップするメリットなど、守護神奪還を目指すシーズンへの決意を語った。【聞き手=波部俊之介】

岩田 19年から3年間、一緒にプレーしたね。ちょうど僕もファーム調整が続いている時に、故障持ちの湯浅投手が入団してきて。で、投げたらえげつなかったです。

湯浅 若手でケガをしていたから、ずっと試合のデータとかを取っていて。岩田さんのピッチングも見たりしたんですけど、すごくコントロールが良くて。配球や試合のつくり方などすごく勉強になりました。

岩田 あざっす(笑い)。全然タイプは違うけど、組み立て方で頭を使うのはピッチャーをする上で絶対に考えないといけない部分だしね。僕もケガ持ちで入団して、1年目はファームで先輩のデータを取りながら勝手にイメージを膨らませていた。一緒やね。若手が通る道なんです。

岩田 ところで身体の負担を減らしたいと考え、米国での動作解析で自分を見直したと。指先の感覚とか、新しいフォームはどう?

湯浅 去年のこの時期に比べたら全然今年の方が指にかかる感覚はあります。でも、まだ完全に自分のものにはなっていない。投げて、まだ上がっていく余地はあるかなと感じますね。

岩田 伸びしろしかない。

湯浅 と、思いたいですね(笑い)。

岩田 フォームに合う大事な部分はグラブだと思うんです。湯浅投手もサイズを変えたと聞いたんだけど。

湯浅 2年前にはめていたグラブがすごくちょうど良くて。去年のグラブがちょっと大きいと感じていて、1センチ長かったんです。それを長くせずにはめたらフィットして。

岩田 グラブって本当に繊細なので。どこに重心位置がかかるかで、使い方が変わる。僕は大きいと扱い切れなかったから、めちゃくちゃ小さいものを使っていた。いろんなピッチャーとかスコアラーさんに聞いたら、大きい方が球種がバレないとかは言われる。でも自分の納得のいくボールを投げるには、このグラブじゃないとできないところがあると思う。グラブの1センチって結構大きいよね。

湯浅 元々、小さい方が扱いやすくて好きです。フィールディングでも、大きいとグラブの中で遊んだりする。そこは投げた後なのでいいんですけど、全部含めて小さい方が好きです。

岩田 コンパクトに使いたいと。僕も大きいグラブは、どこにどう持っていけばいいか分からなかった。

湯浅 先端が重く感じるんですよね。

岩田 下に持っていきたいのに横にブレたり、そういう現象が出るからね。グラブの見直しと負担が少なくなった投球フォーム。より“ニュー”な湯浅投手が見られるね。

湯浅 見せたいです!

岩田 グラブマニアからすれば、サイズを変えたのは良いところに気づいたなと思う。グラブにも縦型とか横型とかがあって、身体の使い方によって変わる。外野手みたいな形のものが縦型。湯浅投手は、どちらかというと縦型じゃない?

湯浅 僕は縦型ですけど、横型なんですよ。縦だけどちょっと横が入ります。

岩田 どっちもいけました! (コンパクトな形だと)体重も前に乗りやすくて、スムーズに動く。グラブに気づいて体に負担のないフォームを目指したのは大正解だと思う。あとはまた1年、自分のキャリアをさらに積み上げて。クローザーをもう1回奪い返す姿を僕は見たいです。実際、後ろはやりたい?

湯浅 やれるならやりたいです。

岩田 ゲラという助っ人も来ましたので。毎年毎年いい投手が入ってくるので競争ですね。頑張ってください!

湯浅 ありがとうごさいます!

◆湯浅の新フォーム 1月9日に渡米して約10日間、アトランタやロサンゼルスでトレーニング。フォームの動作解析を行い、改良に努めた。体への負担軽減や、もっと力が伝わりやすいフォームを追求。上げた左足を止めず、一連の動作で投げ切る新スタイルで今キャンプに臨んでいる。米国では昨年のWBCで共闘したパドレスのダルビッシュとも再会。「いろいろ気になった部分で、考えを教えてもらいました」。守護神奪取へ貪欲に進化中だ。

◆湯浅京己(ゆあさ・あつき)1999年(平11)7月17日生まれ、三重県出身。聖光学院(福島)ではチームが甲子園出場もベンチ外。17年BC・富山にドラフト1位で入団し、18年阪神ドラフト6位で入団。3度の腰椎分離症を乗り越え、3年目の21年に1軍デビュー。翌22年には59試合2勝3敗、43ホールド、45HP、防御率1・09で最優秀中継ぎ賞。23年WBC世界一メンバー。183センチ、82キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸4700万円。

◆岩田稔(いわた・みのる)1983年(昭58)10月31日生まれ、大阪府出身。大阪桐蔭-関大を経て05年希望枠で阪神入団。岡田監督時代の3年目の08年に初勝利を含む10勝を挙げた。09年の第2回WBCでは世界一メンバーとなった。21年限りで引退し、通算200試合、60勝82敗、防御率3・38。現役時代は179センチ、97キロ。左投げ左打ち。1型糖尿病と闘いながら、オフには啓発活動にも務める姿はファンの大きな共感を得た。

<湯浅の歩み>

▼18年10月25日 聖光学院からBC・富山に進み、ドラフト6位で阪神入団。高校時代は腰の成長痛、プロ入り後も19年に腰椎を疲労骨折するなど故障に苦しんだ。

▼21年6月3日 交流戦のオリックス戦でリリーフし、1軍初登板を果たす。

▼22年11月 プロ4年目で大ブレークし「8回の男」に定着。チームトップの59試合に登板してリーグトップ43ホールド、トップタイ45HPを挙げ最優秀中継ぎ賞、新人特別賞を受賞。

▼23年3月 第5回WBCで3試合2回2/3を投げ、2安打、4奪三振、無失点で世界一に貢献。

▼4月16日 開幕1軍も右前腕の張りで出場選手登録抹消。

▼7月10日 右前腕筋挫傷で、ファン投票で選出されていた球宴の出場を辞退。

▼7月30日 2軍広島戦で左脇腹を負傷。

▼10月1日 2軍広島戦で実戦復帰し1回無失点。

▼10月31日 1軍合流。みやざきフェニックス・リーグでは5試合無失点。

▼11月1日 オリックスとの日本シリーズ第4戦、同点の8回2死一、三塁で岡田監督がサプライズ指名。中川を1球で二飛に斬り、チームは9回サヨナラ勝ち。第5戦も2点を追う8回に登板し3者凡退で無失点に抑え、直後にチームは逆転。日本一に貢献した。

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