重たいアルバムを開き、選び抜いた1枚の紙焼き写真を見るのと、スマホに収めた大量の写真をスクロールするのでは、やはり思い出の定着具合が違う。

グーグル・マップは有り難い機能だが、道順を覚えることをしなくなったし、通り道の風景にほのぼのとする機会も減った。

「林檎とポラロイド」(11日公開)は、デジタル時代になって、いつの間にか失ってしまったものを改めて実感させる作品だ。

東欧を想像させる落ち着いた街並み。花を買って出掛けた男(アリス・セルヴェタリス)はバスの中で居眠りし、目覚めると記憶を失っていた。市中には突然記憶喪失になる奇病がまん延していて、連れて行かれた病院で、男は「新しい自分」プログラムに参加することになる。

案内されたアパートには生活用具一式がそろい、毎日のように行動指示のカセットテープが配達される。実践し、証拠をインスタントカメラで撮影するのが日課となる。懐かしのアイテムが、この奇妙な治療のツールになっているところがミソだ。

自転車に乗る、仮装パーティーで友だちを作る…簡単に思えた指示はやがてエスカレート。高飛び込みや一夜限りのセックス、果ては末期患者のみとりまで求められる。患者仲間の女性(ソフィア・ゲオルゴヴァシリ)と心を通わせるようになった頃、男の記憶がよみがえって…。

短編「KM」(12年)が40以上の国際映画祭で話題を呼び、今作が長編デビューとなったクリストス・ニク監督はインスタント写真を想起させる4対3のフレーミングにこだわる。昼はグレーがかったブルー、夜はセピアの照明で、いつの間にか「異世界」に導く。男の表情が変化に乏しいのは意図的な演出なのだろう。多彩な背景が絡んで、その胸の奥にいろんなことを想像させる。

ラストにハッとさせられ、劇中のカセットテープのように、もう1度最初に巻き戻したくなった。さらっとしているようで、ねっとりと記憶に残る作品だ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)