歴史的な一戦の裏側に迫る「G1ヒストリア」。今回は11年宝塚記念で悲願のG1初制覇を果たしたアーネストリーを取り上げる。女王ブエナビスタなど豪華メンバーを相手に、2番手から抜け出す王道の競馬で当時のコースレコードを0秒8も更新。前年3着から“101%”のメイチ仕上げで勝ち取ったタイトルを、管理した佐々木晶三調教師(67)が振り返る。

11年の宝塚記念は佐藤哲三騎手のアーネストリーが制した
11年の宝塚記念は佐藤哲三騎手のアーネストリーが制した

“101%”のメイチ仕上げでつかんだ、悲願のG1タイトルだった。11年の宝塚記念。6歳馬アーネストリーは6番人気の評価を覆し、2番手から抜け出す王道競馬で女王ブエナビスタを撃退。「最強世代」と呼ばれたエイシンフラッシュ、ローズキングダムなど4歳勢も完封した。勝ち時計2分10秒1は、当時のコースレコードを0秒8も更新。その記録は22年タイトルホルダーまで破られることはなかった。

2年越しのリベンジ大作戦だった。前年の宝塚記念は3番人気に推され3着。勝ったナカヤマフェスタから半馬身+半馬身差だった。佐々木師は「前年の3着が自分ではある程度やったつもりだったが、あまりにも悔しかった。だから、1年でその1馬身をどう埋めようかと、やったね」と振り返る。

佐々木晶三調教師(2013年3月撮影)
佐々木晶三調教師(2013年3月撮影)

ただ、アーネストリーは体質が弱かった。普段から硬さが目立ち、他の調教師仲間からは1勝クラスの馬と見間違われるほどだった。それでも師は「舞台的にも阪神の2200メートルがベストだった。G1を勝てるならそこしかないかもしれない」と、調教の強化を図った。強度を高め、乗る距離も延ばした。担当する田重田厩務員の献身的なサポートも、その裏には欠かせなかったという。

前年1着だったステップレース・金鯱賞での3着敗退も、全ては春のグランプリのため。直前の坂路調教も前年の4ハロン53秒7(強め)から52秒5(いっぱい)に強化。アーネストリーも鍛錬に耐え、レースでは佐藤哲三騎手の巧みな手綱に導かれた。

「能力以上のものは出せないけど、あの時に限っては能力を少し上回ったような仕上げができた。100%が101%になるようなメイチ仕上げだったね。哲ちゃんも勝負師やったから完全に勝負かけて、これで負けたらしょうがないという感じで乗ってた。気迫が違ったね」

第52回宝塚記念
第52回宝塚記念

結局、宝塚記念が、最初で最後のG1タイトルとなった。「最後まで体は全然しっかりしなかった。ごまかし、ごまかしだった。それでも、大きいところを1個勝てて良かった。田重田の腕もある。ああいう馬をよく長いこともたせた。アーネストリーもよく耐え、よく走ってくれたね」。7歳の有馬記念まで走り切った厩舎の功労馬。師は優しい目で、ねぎらいの言葉を贈った。【奥田隼人】

◆アーネストリー 2005年5月17日、北海道新冠町・ノースヒルズマネジメント生産。父グラスワンダー、母レットルダムール(母の父トニービン)。鹿毛、牡。馬主は前田幸治氏。栗東・佐々木晶三厩舎から07年7月デビュー。重賞5勝。G1は11年宝塚記念。12年有馬記念がラストレースで通算29戦10勝。19年に種牡馬を引退し現在は功労馬としてノースヒルズでけい養されている。