FCバルセロナ、レアル・マドリード、アトレチコ・マドリード…。世界屈指のスター選手が奏でる、スペクタクルな攻撃サッカーに思わず息をのむ。そんなスペインサッカーが世界の潮流となって久しい。

 先日のJリーグYBCルヴァン杯でFC東京の期待の星、FW久保建英が16歳9カ月10日の大会最年少ゴールを記録した。その久保と言えば、FCバルセロナの下部組織に所属し、その才能に磨きをかけたことは有名な話だ。サッカー少年なら誰もが憧れるスペインである。今や育成年代での海外留学が頻繁に行われるようになり、スペインは決して遠い国ではなくなった。

 例えば、兵庫県神戸市には名門バレンシアが世界展開した下部組織の一つ「バレンシアCFオフィシャルアカデミー」がある。2010年5月に小学生を対象にしたサッカースクールとして誕生し、9年目を迎える“老舗”だ。スペインで活躍できるプロ選手の育成を掲げ、来月には和歌山校も開校する。

 実際、このアカデミーを“入口”としてスペインへと渡り、そこからプロを目指して奮闘中の選手たちもいる。そんな日本にある「スペインクラブ」とはどんな理念のもと、どういう選手を育てているのだろうか? そこでバレンシアCFアカデミーに話を聞いた。

小学生を指導する中谷吉男ダイレクター
小学生を指導する中谷吉男ダイレクター

■C大阪ユース日本一の経験

 同アカデミーで代表を務めるのが中谷吉男ダイレクター(47)。スペインでUEFA最高位のコーチングライセンスを取得し、マジョルカ、ヘタフェでユース年代のコーチを務めた。帰国後はセレッソ大阪U-18でも監督として日本一にも輝いている。同アカデミーの求める理想の選手像についてたずねたところ、こういう答えが返ってきた。

 「まずは粘り強く戦える選手。そして、サッカーは『チームスポーツ』だということを自覚できる、もしくはこれから学びたいと強く思っている選手。任された仕事をあきらめずに最後まで全うできる選手。それから、新しい場所で『さぁ、何かやってみようか。自分が歴史を作り、自分の道を切り開くんだ』という気概、気持ちを持った選手。逆に自分のことしか考えていない選手、グラウンドで何か示す前に、自分の要求だけをする選手は、いくらテクニックがあり、身体ができていて足が速いとしても必要としていません。今の世では、死語になったかとも思えますが「ガッツ」があり、他人のこと、チームのことを慮れる子どもは鍛えれば必ず伸びますし、グラウンド上で自分のエネルギーの出し方を覚え、戦える選手になれます」

 「ガッツ」。スペインサッカーの華やかなイメージとは一見異なる予想外のキーワードだが、中谷氏は「メッシはガッツの塊ですよ。誰よりも負けん気が強い。そうでしょ?」と笑った。そこには豊富な経験に裏打ちされた中谷氏の育成理念がある。07年、ヘタフェのコーチだった中谷氏はC大阪と契約し、帰国した。当時のユースチームには、現在、日本代表で活躍する山口蛍らがいた。だが指導を始めて最初に気になったのは、選手たちのサッカーに取り組む姿勢だったという。どこか楽しそうでなかったのだ。

 「練習の雰囲気がだらだらしていましたね。プロに最も近いカテゴリーの雰囲気とはとても思えなかった」

 また、同じ大阪に拠点を置く、ガンバ大阪ユースとは力の差があり、戦う前から気持ちで負けているのがわかったという。クラブが抱えていた課題を解決するために、中谷氏は小さなことからひとつひとつ丁寧にメスを入れた。

 「蛍たちの世代は、僕が3年間セレッソに関わった中で、1年目と2年目に指導した世代なんですが、Jユースカップで優勝まであと一歩のところまでいきながら勝てなかった」

 ところがチームの改革が功を奏し、翌09年に監督に就任すると、チームを日本クラブユース選手権で優勝へと導いた。

 「自分たちで歴史を変えてみろ」。中谷監督の言葉に、選手たちは奮起したという。就任当時、格上のチームが相手となると立ち向かっていけなかった選手たちは、ガラリと雰囲気が変わった。現在の山口蛍のプレーに見る「デュエル(1対1の攻防)」の強さだったり、粘り強くボールを追い、走る部分であったり。そんなサッカーをする上で基本的な部分である。その結果、日本の頂点に立った。

■テレビマンの仕事捨て渡欧

 Jクラブなどの選手の選考基準は、技術的なことやフィジカル的な要素が重要視される傾向にある。「もちろん、そこは見ます。しかしそれらがすべてではありません。『闘える選手』が好き、というのは、僕自身、常に闘いの道を歩んできましたので」。情熱的な中谷氏は、異色の経歴の持ち主でもあった。立命館大時代は関西リーグを代表するボランチとして活躍し、サンフレッチェ広島から誘われたにもかかわらず、プロの誘いを断り、関西の大手テレビ局に就職。さまざまな番組のディレクターなどを務めた。だがサッカーへの思いが逆に強くなり、テレビマンという肩書を捨て、憧れだったスペインへと渡った。

 「自分の行くところ、それがサッカーのピッチであれ、テレビの番組制作の現場であれ。スペインでもそうです。日本人として、スペイン人とさんざん闘ってきましたよ。手を抜くのは苦手ですし、ごまかすことも下手。一生懸命やってこそ、仲間と一緒に共通の目的に向かってやってこそ掴めるものがあるという事実は、サッカーが教えてくれましたから。こう言うと、日本ではすぐに『精神的なことばかり強調している』と言われるから嫌なのですが、自分の実感として本当にそうなんです。闘うこと、そしてそれを楽しむことなしにサッカーは成立しません」

 スペインと日本でプロとしての指導キャリアを持つ中谷氏だからこそ、日本の現況で気になることがあるという。

 「日本の小学生年代を見渡してみた時に『Jリーグのクラブを目指すこと』がすごく現実的で身近な目標であり、切実かつ深刻なことなんですよね。もちろん、目標を持つこと自体はとても良いことだと思いますが、それ自体を胸の奥に秘めて日々の精進をする前に、そこだけが独り歩きしてしまっている。そして何かあると、とりわけうまくいかないと途端に押しつぶされてしまう。そもそも何のためのスポーツなのか、ということです。バレンシアCFアカデミーはプロの選手の卵を育成する組織であるべきですが、指向していることは正反対で、プロになるためや、どこかの学校にサッカーエリートとして進むためにやっている訳ではないと考えています。プロになるのは、ほんの一握り。一日一日を大好きなサッカーに夢中で取り組んだ、その結果として、ある日、そのステージに手が届く自分に気がつく、という世界だと思います。しかし、現況はあまりにもそこからかけ離れており、グラウンドでチームの一員としての責務を果たす前に、すぐプロになりたい、全国優勝したい、と口を開くことが先にきてしまう風潮にありますね。どんな指導やトレーニングが有効で、どんな監督、チームが良いのか、おもしろいサッカーとはどんなものかの基準はほぼないに等しく、保護者も選手もあまりに目先のことや、あふれる情報に左右され翻弄され過ぎています。その点、スペイン人は自分なりの観点や他人に影響されない判断基準を皆が持っています」

小学生を前に話をする中谷吉男ダイレクター
小学生を前に話をする中谷吉男ダイレクター

■他人のことを慮れる人間に

 日本の子供たちには可能性がある。だからこそ、言いたい。エネルギーが正常に出力されていない-。もっとシンプルにサッカーはもっとのびのびやれるはずだ-。そんな思いを常に抱えている。その上でこのアカデミーから目指していることは、こうだ。

 「日本のサッカー界で『世界基準』や、『世界で通用する選手の育成』といったキャッチコピーが多用されて久しい昨今にも関わらず、現実的には『Jを目指す』という大きな流れがある中で何ができるのか、ということです。ニーズとして、日本でいいよ、世界云々はいらない、と言われたらそこまでですが、繰り返し述べさせて頂いたように、我々の目的はプロを目指すだけでも、世界に出ていくことだけでもないのです。ガッツがあり、他人のことを慮れる人間なら、そういう人物は、仮にサッカーのグラウンドを離れても、将来どこに行ってもどんな職業に就いたとしても通用する人間になれる、それが私の持論です。サッカーを通じてそれを実現したい。世界はもっと広い。“井の中の蛙”的な感性を取っ払い、上手けりゃいい的な空気をぶち壊して、まずは自分を見つめ、とことん鍛えてみてほしい。これまた、海外クラブのアカデミー的発想ではないかもしれませんが、私たちが目指すのは、サッカーを通じて心と魂を磨いてほしい、ということです。足技やサッカーのうわべだけを学ぶのでなく、自分の目で見て、耳で聞いて、心で感じて、アクションを起こしたものだけが見ることのできる風景が、その先にあるはずです」

 リーガエスパニョーラの美しいサッカーは魅力的だ。高い技術と戦術があるのはもちろんだが、絶対見逃してはならないこと、それは美しさを支える根幹となる“闘う”気持ちである。メッシ、ロナルドらが見せる“圧倒的な”ガッツ。冒頭に触れた久保建英のプレーにも、同じような気迫を感じてならない。スペインで培った“大事な部分”なのだろう。

 情熱の国スペインにならうなら、そういう“世界基準”も気にしたい。

【佐藤隆志】(ニッカンスポーツコム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)