スタジアムを埋める大観衆。パンデミックを経て、ドイツサッカーの景気は年々盛り返している。
今年もまた、ブンデスリーガを運営するドイツサッカーリーグ(DFL)から「23年ブンデスリーガ白書(THE2023 ECONOMIC REPORT」が手元に届いた。統括する1部(18クラブ)と2部(18クラブ)の全36クラブからなる21-22年シーズンの経済事情をつまびらかにしたリポート。これによると、同シーズンの収益は36億810万ユーロ(1ユーロ155円換算、日本円で5592億5550万円)だった。
■コロナ禍を経てV字回復の途上
18-19年には40億2000万ユーロ(6231億円)で15季連続の新記録を達成したが、その翌シーズンにパンデミックに見舞われ、19-20年は38億ユーロ(5890億円)とついにダウン。さらに20-21年シーズンも34億7000万ユーロ(5378億5000万円)と下がったが、そこから再びV字回復の途上にある。
他国と比較すると、巨額の放映権料がベースにあるイングランド・プレミアリーグには及ばない。それでもサッカー文化が街に根付くドイツでは、各クラブの地道な努力もあって、常にスタジアムは満員になる。プレミアリーグほどの高サラリー選手はいないだけに、その人気には目を見張るものがある。
中でもブンデスリーガを代表する伝統クラブ、1.FCケルンは注目すべき存在だろう。かつてブンデスリーガ日本人第1号の奥寺康彦さんが在籍し、日本にも馴染みが深いチーム。この30年はタイトルとは無縁で、1部と2部を行ったり来たりするエレベータークラブだ。世界的スター選手はおらず、今季リーグ戦も11位。それでも5万人収容の本拠地ラインエネルギー・シュタディオンは常に人であふれかえり、大歓声が選手たちを包み込んでいる。
なぜビッグクラブでもない1.FCケルンが、これだけの人気を誇るのだろうか? 6月に交流事業でケルンのスタッフが来日し、交流のある京都と広島を訪れた。そこに同行していたマーケティング部国際課に所属する笹原丈さん(28)に、クラブの成り立ちやその集客方法について話を聞いた。
■クラブ会員この20年で10万人も増加
1.FCケルンの会員数は2003年に1万50人だったものが、現在は12万4300人(リーグ4位)まで膨れ上がった。この20年で10万人以上も増やした背景には何があったのか? 笹原さんは「共創」という言葉をもって、こう説明した。
「この20年を見ても、チームの結果は出ておらず2部に何度も落ちています。つまり成績のお陰ではありません。我々はファンは消費者であるだけでなく、生産者だと位置付けています。ファンがスタジアムの雰囲気を創りだしている。これが共創です。このクラブは自分たちが支えているんだという自覚を持ってもらうことが大事です。その自覚を強めていこうと地道にメンタル的なところに働き掛けてきました」
1948年に創設され、68年に開幕したブンデスリーガの初代チャンピオンチームに輝いた伝統クラブ。サッカー熱が高く、サッカーは市民の日常生活に寄り添うものだった。そんな歴史的な背景を踏まえ、リーグの仕組みについて触れた。
「ブンデスリーガがプレミアリーグと違う一番大きなところは、クラブを買収することが禁止されている。プレミアリーグはアラブの石油王みたいな人が買収できる。ブンデスリーガはそれが禁止されています」
ドイツのクラブは「Verein(フェライン)」という非営利法人をルーツとしており、「50+1ルール」なるものが存在する。DFLのライセンス認可の条件として、運営会社の議決権の51%以上をクラブ(フェライン)が保有し続けることが1998年に明文化されている。
「ドイツのクラブは街のクラブから始まっていて、それがプロクラブになったという歴史があります。それがそのまま『サッカーのあるべき姿』になっている。ファンたちがクラブを支えているんだと、そう思ってもらうことが大きい。買収されたクラブが大きくなるのは想像できることだと思いますが、本当に街の人、ファンたちがクラブそのものを創り上げていくという形です」
■「300年待ち」のシーズンチケット
1.FCケルンでシーズンチケットを持っている人は、2万5000人。5万人収容のスタジアムにおいて半分を占めている。シーズンチケットは毎年、自動的に更新されるシステムで、1年で解約する人は10人ほどという。そんなわずかな空きを待つ人が現在2万人以上もいる。それゆえに「300年待ちのシーズンチケット」とまで呼ばれる。
「スタジアムの中の雰囲気は年々良くなっていてい。ドイツでは1FCケルンが、スタジアムの雰囲気だけで言えばナンバーワンと言われています。一方で、最近は普通の試合のチケットを取るだけでも難しい。そこでクラブ会員になればチケットが取りやすいということもあって、相乗効果からここまで会員が増えました」
人口109万人。ドイツ第4の都市ケルンは、産業革命以降、工業社会を牽引。そのライン・ルール地方は多くの労働者の流入とともに経済発展を遂げた。そこへ誰もが愛するビールとサッカーは日常生活と切り離せない「文化」となった。
「ケルンという街は独特な地域性があり、オープンな人が多い。日本でいう大阪みたいな感じ。背景として、カーニバルというお祭りがあって、小さい子からお年寄りまで仮装してお酒を飲む。オープンな人が多い。カーニバルだったり、その街にサッカーが合った。街自体が1.FCケルンなんです」
オープンな地域性にサッカーのもたらす熱狂が重なり、自分たちが住む街への誇りが生まれる。そこへクラブはブランドマネジメントとして、ファンに向けて「SPURBAR ANDRES(唯一無二)」というスローガンを掲げた。「特別」の意味を持つ「ANDRES」に、ケルン特有の地域性、本物であり続ける意思こそが「唯一無二」と説く。このスローガンが、クラブとファン心理を強く結びつけているという。
「ドイツでもここまでの集客力は、なかなかない。スタジアムの雰囲気というのは言葉で説明するのは難しいが、来た人から『どこのスタジアムよりも良かった』と言ってもらえます。ドルトムントやバイエルンよりも良かったと。一度来てもらったら、その良さは分かってもらえます」
市民とクラブの垣根の低さもまた魅力なのだろう。文字通り、環境面からもクラブは住民たちの傍らに寄り添っている。
「クラブハウスがある場所は仕切りがほとんどなくて、選手の駐車場にも誰でも入れますし、練習の非公開もほとんどありません。他のクラブは敷居が高くて敷地にも入れない。我々は市民と近いクラブでいたいから非公開にはしない。練習に来てもらったら、選手と確実にサインをもらえるし、写真も撮れる。歴史があるクラブなので、小さい頃からおじいちゃん、お父さんと一緒に練習場に行って、それが代々引き継がれています」
■最先端技術使いイノベーションゲーム
伝統色が強いイメージのあるドイツサッカーだが、一方で新たな取り組みにも挑んでいる。1.FCケルンは昨年7月のプレシーズンマッチで、ACミランを招いて「イノベーションゲーム」なるものを実施した。これはドイツテレコムと提携し、最先端テクノロジーを駆使し、新たな体験をファンにもたらすものだった。
中でも反響が大きかったのは選手たちの体にボディーカメラを装着し、ピッチ上からの映像配信だった。スタジアム観戦者だけでなく、自宅のテレビからもその映像を視聴。臨場感ある新しい体験に試合後、SNSを通じて世界中にその映像が拡散されたほどだ。
他にもスタジアム内のビール売り場やトイレの混雑ぶりをリアルタイムで発信し、観戦がより快適なものになる一助が施された。
「この先、若い世代は感覚が違ってくる。次の世代に対し、何ができるのか我々のクラブでは考えている。世界中でもスマートスタジアムという言葉が聞かれるが、次の世代のスタジアムを創っていこうと。これを1回で終わらせたら意味がない。どんどん進めて、ブンデスリーガとも協力して、次の時代にあったスタジアムを創っていきたい」
■サンフレッチェ広島と提携
そもそも1.FCケルンは日本との結び付きも深い。先に触れたように奥寺さんがいたクラブであり、最近でも日本代表で活躍した大迫勇也選手、槙野智章選手、長沢和輝選手も所属。街には多くの日本人も暮らし、京都市とは姉妹都市提携を結んでいる。また、クラブはJ1サンフレッチェ広島と育成業務で提携しており、その相乗効果も狙っている。
「1.FCケルンは育成クラブにしていこうと決めた。アカデミーで育てた選手をトップチームに上げる。今季のメンバー中、11人はうちのアカデミーで育った選手だった。日本でこういうクラブはあるのか? と考えた時にサンフレッチェがそうだった。すごく共感した。お互いに育成クラブとして高め合って、知恵を共有していこうと」
定期的に双方のアカデミーコーチでオンラインミーティングを実施している。今回の来日でも1.FCケルンのコーチ陣が広島のアカデミーの選手たちを指導した。このクラブ間交流で育った選手が、ゆくゆくブンデスリーガの舞台に立つことが期待される。
■サッカーのあるべき姿を大事にする
ところで、今回取材に応じてくれた笹原さんは静岡県出身。サッカーの強豪校、藤枝明誠高を卒業後、憧れのドイツへと渡った。一般企業で6年働き、2021年から縁あって大好きだった1.FCケルンで、念願のフロント業務に就いたという。ドイツサッカーの魅力を知る笹原さんは、インタビュー中にこう繰り返した。
「サッカーのあるべき姿を大事にするのがドイツ人。着飾らないし、少し泥くさくても自分らしさを大事にしている。それがブンデスリーガに反映されている。秩序があってしっかりしているイメージは強い」
伝統的なサッカー文化を大事にしつつ、新たな時代に沿って練られる施策。地道な一歩の積み重ねが、多くのファンに支えられる伝統クラブをより強固なものへとしている。
【佐藤隆志】








