32年ぶりにニューヨークへと降り立った。1994年の米国大会以来、再びW杯でこの地にやってきた。
3日の昼下がり。マンハッタンの摩天楼を見上げながら歩く。路面の照り返しが暑い。額に汗が浮かぶ。前日は40度超を観測している。大都市のヒートアイランド現象なのだろう。
日本代表の取材で2年前に行ったバーレーンを思い出した。気候温暖化も度が過ぎている。32年前も確かに暑かったが、ここまでのものではなかった。大会が佳境を迎える中、選手たちの健康状態が心配になる。
大勢の人が行き交う繁華街、タイムズスクエアに出た。昔このへんからバスに乗って試合会場へ向かったな、などと懐かしい記憶がよみがえってきた。
94年7月5日、決勝トーナメント1回戦のブルガリア対メキシコをジャイアンツスタジアムで見た。大会得点王となったストイチコフが先制点を挙げ、メキシコも追いつく。両者譲らぬまま1-1からのPK戦でブルガリアに軍配が上がった。ただ敗れたが、メキシコのGKホルヘ・カンポスに目を奪われた。
身長170センチというキーパーとは思えない小さな体。試合前の記念写真ではボールの上に乗り、後列で180センチ以上ある選手たちと肩を組むのがお決まりだった。アクロバチックな身のこなしに加え、ペナルティーエリアから果敢に飛び出し、フィールド選手のように巧みな足技も披露する。何より目を奪われたのは、そのカラフルなユニホームだ。ダブダブの上に派手な蛍光色、加えて幾何学模様というデザインだ。
この日、移動する航空機内で英国の老舗サッカー専門誌「フォー・フォー・ツー」のデジタル書籍を目にしていたが、そこにカンポスのインタビュー記事が掲載されていた。くしくもニューヨークに降り立つその日に、32年ぶりの再会を果たした気分となった。
あの蛍光色の派手なユニホームの理由は、サーフィン発祥の地アカプルコ出身で、自らからもサーファーだったからだという。しかもGK陣で唯一無二、自ら考案したオリジナル製を着ていた。当時はコロンビアのイギータなど個性的なキーパーがそろい、最後尾から強い光を放っていた。
この日のW杯でもGKが名勝負を演出していた。アルゼンチンのE・マルティネス、カボベルデのボジニャという個性あふれるGKがビッグセーブを連発。互いに譲らず、勝負は延長戦にまで持ち込まれた。
「キーパーは目立たない方がいい」とよく言われるが、個性派たちからすれば「どんどん来いよ」と目立ってなんぼなのだろう。メッシの強烈なシュートを止め続けたボジニャは「今日、我々はアルゼンチンと互角に戦った」と胸を張った。
足を使う競技にあってGKは唯一、手が使えるポジションだ。熱波は嫌だが、手に汗握る熱戦は大歓迎だ。【佐藤隆志】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)



