W杯にまた新たな記録が誕生した。
メッシやエムバペではない。フランスを指揮する57歳、ディディエ・デシャン監督だ。4大会連続の参加で22試合目にして17勝目を手にした。
これまでの最多記録は、西ドイツを4大会連続(1966、70、74、78年)で率いたヘルムート・シェーン監督の16勝(25試合)だった。
デシャン監督は母の葬儀に参列するためフランスに一時帰国し、1次リーグ最終ノルウェー戦は欠場していた。この日のスウェーデン戦から再び指揮を執ったが、優勝候補の名に違わぬ盤石の強さを見せつけた。
4試合すべてに3点以上を奪い計13得点。エムバペを筆頭にデンベレ、オリセ、ドゥエ、バルコラ…。世界トップレベルのアタッカーがあふれている。
「これだけいい選手がいれば誰が監督やっても勝てるよ」。こんな軽口も出てきそうなメンバー構成だ。
だが、スター選手をそろえたら結果が出せるものではない。レアル・マドリードを例に挙げれば、そこは納得してもらえるだろう。
アンチェロッティ監督がブラジル代表へ“移籍”後、名将の呼び声高かったOBのシャビ・アロンソ監督を招聘(しょうへい)するもわずか半年で解任された。混乱は収まらずエムバペ放出の署名活動や、バルベルデとチュアメニが衝突したとか、ピッチ外の話題ばかりが盛り上がった。もちろん結果が出てないからに他ならない。
だからこそデシャン監督の手腕には驚かされる。スターを束ねるマネジメント力、機微に触れる戦術眼があるからこそ。選手としてW杯を制した英雄という後ろ盾もあるにせよ「名選手、名監督にあらず」という言葉もある。そこは新たな役職で精進し、信頼を得るしかない。12年夏から14年にわたる長期政権は、その証左だといえよう。
そのマネジメントの妙はまず、GKロリスの代表引退に伴い23年3月からエムバペを主将に任命したことだ。承認欲求の強いエースに責任感を持たせることで、そのエネルギーがうまくピッチ内外に循環している。もともと選手時代にジダンらスターを輝かせた黒子のボランチ。その「トリセツ」は心得たものである。
そして戦術の妙だ。右FWオリセとトップ下のデンベレを配置転換したことが結果に出ている。デンベレも4得点、オリセは大会最多の5アシストと持ち味を発揮し、主将エムバペも自由自在に躍動する。加えて守備も4試合2失点と安定しており、とかく目端が利く。
思い起こせばフランスは、10年南アフリカ大会では内紛に揺れた。前回準優勝チームだったが、ドメネク監督の一貫性のない戦術や選手起用に不満を増幅させ、大会期間中に爆発した。練習ボイコットという事態に陥り、当時のサルコジ大統領が事態の収束を命じる大騒動となった。1次リーグで1勝もできずに敗退している。
書家で詩人の相田みつをさん(1924~91年)の代表作に「セトモノ」というのがある。互いにぶつかりあうとすぐに壊れてしまう。「どっちかやわらかければ大丈夫」なのだ。
この日、2得点したエムバペはすぐにデシャン監督のもとに走り、抱き合っていた。心を通わせる者同士の姿が見て取れた。
恩義ある母との対面も果たし、代表チームに帰還した。より決意は固まった。決勝まで勝ち上がればW杯最多指揮となる26試合目。
名将デシャンには、人として大事なものを知るからこその強さがある。【佐藤隆志】



