私事ながら、今もはっきりと頭に残る3歳の記憶がある。自宅を靴で歩き回り、外出時には電車の線路上を歩行。近くの公園までタンクを持参し、水をもらいにいく…。1995年1月17日。阪神・淡路大震災で、私が住んでいた兵庫・宝塚市は震度7の揺れに見舞われた。自宅は半壊。3歳での体験を鮮明に思い出せることに、大人になった今も事の重大さを感じている。
2011年3月11日、東日本大震災。被災地から遠く離れた関西にも、連日の報道で多くの情報が流れてきた。スポーツ界がさまざまな形で力を与えていたことも、はっきりと覚えている。まもなく訪れる震災から5回目の3月11日。2016年、Jリーグではこの日に2カードが組まれた。ACLの日程が考慮されての、珍しい金曜ナイトゲーム。東京-神戸(午後7時、味スタ)とG大阪-大宮(同、吹田スタ)だ。G大阪の元日本代表DF今野泰幸(33)は、はっきりとした口調で「特別な日です。忘れるわけがない」と言い切った。
仙台市で生まれた今野は、J2東京所属時に東日本大震災に直面した。行動はすぐに起こした。震災後は宮城県に入ってサッカー教室を実施。鹿島MF小笠原らと被災地の訪問を継続してきた。そんな過去があり、試合2日前の今月9日には「最近は行けてないんですよ…」と故郷の様子を気にかけた。そこに偶然巡ってきたのが「特別な日」の大宮戦だ。震災以降、J1で3月11日に試合が行われるのは、12年の柏-横浜(柏)以来2例目。もちろん今野にとっては初めてのことだ。
「『被災地のために』というのは、常に思っているんですよね。いいプレーをして、少しでも見てくれる人がいれば。できるときに、できることをやりたい」
派手な宣言ではないが、ここでもはっきりと、決意を込めるように言った。今年のJリーグで4チームだけに与えられた、3月11日にプレーする権利。DF丹羽の故障により前節甲府戦でセンターバックに回った今野は「ホームでやるし、ここで勝つことが絶対」と新スタジアムでの初勝利も約束する。G大阪サポーターが喜ぶ先に浮かぶのが、被災地で応援する人たちの笑顔だろう。
Jリーグでは全53クラブによる復興支援募金「Jリーグ TEAM AS ONE ~5年目の、AS ONE 募金。~」を実施している。吹田スタでは午後4時からキックオフまで、3階コンコースのメーンスタンド側で選手も参加(午後5~6時半予定)して募金活動に臨む。今野が言った「できるときに、できることをやる」は、サッカー以外での復興支援にも当てはまるだろう。
私も3年前の3月、福島・南相馬市でがれき撤去を手伝い、地元のみなさんと言葉を交わした。容易には表現できない現状。抱いた思いは今野の言葉と同じだった。5年前の大きな、大きな傷痕。「特別な日」のJリーグが、選手、サポーター、関係者、それぞれの思いを発信する場になってほしい。【松本航】
◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫県生まれ。大体大ではラグビー部に所属し、13年10月に大阪本社へ入社。プロ野球担当から昨年11月に報道部へ異動。サッカー、ラグビー、陸上など日々異なる競技の現場に足を運ぶ。



