「結果を見ると、何かが足りない」/あのときの一言

  • 02年6月18日、W杯韓国・日本大会決勝トーナメント1回戦でトルコに敗れ、場内一周する中田英寿ら日本代表イレブン

<サッカー、あのときの一言~26>

名場面に名言あり。サッカー界で語り継がれる記憶に残る言葉の数々。「あの監督の、あの選手の、あの場面」をセレクトし、振り返ります。

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「決勝トーナメントにこられただけではインパクトが弱い。日本の実力は上がったが、結果を見ると、何かが足りない」

02年ワールドカップ(W杯)日韓大会でトルコとの決勝トーナメント1回戦に惜敗し、当時25歳の中田英寿は、会見でこう口にした。

U-17日本代表で初めて世界に触れ「技術の差はない。フィジカル、パスの強さに差がある」と感じ、全敗した98年のW杯フランス大会を終えると個人のレベルアップを掲げ21歳で海を渡った。セリエAのペルージャ、ローマ、パルマと渡り、日本サッカー界に経験を落とし込んだ。中田の背中を見て、小野伸二、稲本潤一が続いて海外に渡った。

トルコ戦から一夜明けた会見では「ホームでやれたことで、W杯に出たという感じはしませんでした。ドイツ、ブラジルなど強豪国と当たっていないこともその一因。ギリギリの勝負というのがもう少しあっても良かった。何か足りなかったと思います」と率直な感想を述べた。精神面や技術面での日本代表の成長は認めた一方で、個人のレベルアップについての課題も掲げた。

「国際経験の差は少なからずあるけど、それは(歴史的にも)仕方ない。最終的にはもう少し個人が自分の力を発揮しなければならない。チームでまとまりがあっても、個人では足りない部分がある」

それから18年。海外でプレーする日本人選手が、当時に比べ格段に増えた。18年W杯ロシア大会は、決勝トーナメント1回戦・ベルギー戦で一時リードしながらも、ロスタイムの悪夢で8強進出が絶たれた。ベスト8への壁は厚いままだ。