【ロンドン3月30日(日本時間31日)=佐藤成】日本代表(FIFAランキング18位)が、「サッカーの母国」イングランド代表(同4位)と聖地・ウェンブリー競技場で国際親善試合を行う。同会場では1995年6月3日以来、31年ぶり。W杯に出場したこともなかった時代に対戦し、1-2で敗れた。当時の紙面には「日本聖地1点」の文字が躍る。それから約30年。日本は8大会連続8度目のW杯出場で常連国の仲間入り。世界一を公言するまでに飛躍を遂げた。
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チームを率いる森保一監督(57)の証言が日本サッカーの進化を表した。日本がサッカーの聖地、ウェンブリー競技場に初めて足を踏み入れたのは31年前。当時、森保監督は代表メンバー入りも出番はなく、ベンチで試合を見守った。今回は采配を振る立場だ。
試合前日の公式会見。9万人収容の会場でチケットが完売の中、イングランドと戦うことについて問われると、こう語った。
「私はプレーをしていないですけど、30年以上前にこちらで、(日本が)イングランド代表と戦わせていただいた時は、フルで観客が入る状況ではなかった。現在の日本サッカーがより世界に近づいたということ、発展を感じる。日本のことを認めてくれていることをうれしく思います」
「世界中のサッカー選手の憧れであり、夢の舞台」とその価値を強調。再び日本が聖地で力試しできる幸せをかみしめた。
31年前に出場した元日本代表の井原正巳さん(58)も鮮明に記憶している。後半17分にカズこと三浦知良の左CKにニアで合わせて唯一の得点を奪い、一時同点とした。「海外でのAマッチがなかった時代。実際どのようなゲームになるのか本当にわからないまま遠征をしていた」と振り返る。「日本人がサッカーをできるのか」と言われていた時代。海外組が大半となった現在とは隔世の感がある。
当時、勝ち負けよりも、得点したことがニュースだった。日刊スポーツの95年6月4日付紙面の書き出しは「日本が、サッカーの聖地ウェンブレーに歴史的な1点を刻んだ」。日本を率いた加茂周監督のコメントを「日本が世界にステップを踏み出した最初の日」と前向きに伝えた。辛口で知られる本紙評論家のセルジオ越後氏ですら「引き分ければ万々歳だと思ったけど、日本はイングランドを相手に大健闘した」とたたえた。
「あの日」から1万1260日。W杯常連国になった日本は、もはやサッカーの母国から1点とって喜ぶチームではない。
◆95年イングランド戦VTR 95年6月3日にアンブロカップとしてウェンブリー競技場で開催。前半を0-0で折り返すも、後半3分にアンダートンに先制を許す。粘り強く戦った日本は後半17分にカズことFW三浦知良の左CKにDF井原正巳がニアで合わせて一時同点。しかし後半43分にDF柱谷哲二がハンドを犯して取られたPKから勝ち越された。FW中山雅史は右耳を切り、バンテージを巻いて途中まで出場するなど気迫を見せたが、1-2で惜敗した。相手にはガスコイン、シェリンガム、シアラーらがいた。観客2万1142人。

