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  インタビュー<日曜日のヒーロー>
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第400回    王貞治  
2004.02.08付紙面より

王貞治
写真=インタビュー中に、携帯電話が鳴り知人と話す王監督。グラウンドでは見せない穏やかな表情が印象的だった
(撮影・進尚幸)

自由奔放「僕は普通の人間なんです」

 作り上げられたイメージとはかけ離れた素顔が、ダイエー王貞治監督(63)にはある。巨人現役時代に通算868本塁打し、国民栄誉賞を受賞するなど国民的ヒーローとなった。堅いイメージの強い王監督だが、実は気さくで好奇心旺盛。戦争映画が好きで、アットホームな飲食店を好む。ダイエー監督就任10年目を迎え、2度目のリーグ連覇に挑戦しようとする「人間・王貞治」に迫った。


少し窮屈だった

 「野球人・王貞治」とは違った魅力が、柔和な表情ににじみ出ていた。1日から宮崎で春季キャンプが始まり、忙しい最中のインタビューにも「どうぞ、どうぞ」と優しい笑顔で出迎えれた。

 王監督 ユニホーム着ているときと落差は大きいと思いますよ。私生活はすごく飽きっぽい。(電化製品など)新しいものが出ちゃうと、そっち行っちゃったりして。なんでも、いろいろチャレンジするというか、どこでもいける。普通、世の中で名前が売れている人は、ふらっと店に行けないけど「ここがおいしいよ」という店があればすぐに行く。だって、残り少ない人生。本当においしいものを食べたいじゃない。きどっているより、自分が食べたいと思うものを食べるのが体にいいんですよ。

 好奇心が旺盛だ。気さくな性格は行動に表れている。気になる店があれば足が向く。カメラなどの新製品が出れば遠征先でも、散歩がてらに店に入る。飲食店もアットホームの雰囲気が漂う店を好み、気取ったところは見えてこない。

 王監督 普通の人なんですよ、もともと。案外、気楽に生きている。映画? ずいぶん見ていないね。戦争映画が好きだから、DVDは見ているけど。「プライベート・ライアン」とか今風のものはあるけど、昔の戦争映画のDVDが少ないんだよね。僕らは昔の白黒が好きだね。魅力? 勝ち負けのはっきりしているものが好き。やっぱり痛快。人間ってなんか、物壊したり、自分じゃできないことにあこがれるというか。正義の味方っていいね。「水戸黄門」なんか分かっているけど見ちゃう。今回も10番組ぐらい録画してきているよ。福岡の家に。

 好きなものにグッとのめり込むあたりに、実直な性格が顔をのぞかせる。現役時代には通算868本塁打をはじめ、数々の記録を残した。77年にはハンク・アーロンを抜く756本塁打を放ち、国民栄誉賞を受賞した。ただ、グラウンドでの活躍を重ねる一方で、“堅いイメージ”ばかりが定着した。

 王監督 もともと行儀がいいイメージができちゃったから。本当は行儀はよくないけど。ちょっと窮屈ではあったね。ミスターと対比されたり、そんなに差はないはずなのに、ミスターは自由奔放で、僕は行儀よく生きなきゃいけないイメージができちゃったでしょ。実像はそんなに変わりがなく、かえって僕の方が自由奔放だったりするのだけど、世の中、対比するから。自分の実像というのを、イメージにあわそうとはしなかったね。僕のそばにいる人たちは、世間に出ているイメージと違うというのは知っているよ。


人生はサイクル

 常にマスコミには注目される存在だった。好調なときだけでなく、成績が悪ければスランプと大々的にたたかれた。よくも悪くも周囲の視線の中で生きてきた。

 王監督 特に若いときは(マスコミに対し)うるさいなと思うときもあった。でも、いいときもあるし、悪いときもある。自分もまた、それで初心に戻れたりした。僕はやっているうちに人生は円だと思ってきた。朝があれば、昼があり、夜があって、朝がくる。季節で言えば冬がくれば、春、夏、秋がきて。これはもう止めようがない。人間もサイクルみたいなものがあって、調子がいいときもあれば、悪いときもある。調子が悪いのをどう短くするか。それをできるだけ短くするのは自分なりのものがある。とにかく、流れに流されないようにした。ホームランを打つことは注目されたけど、それ以外は、あくまでも王貞治だと思っていた。世間はなかなかそう思っていなかったけど、僕はそういう生き方をしようと思っていたからね。だからどこへでも行けたよ。

 私生活を含め、周囲の騒々しさに惑わされることなく「人間・王貞治」の自然体を貫いてきた。もちろん、スランプのときには不振脱出に全力を注いだ。夜中のバットスイング、早々と球場入りして特打にも臨んだ。だが、好不調というサイクルに惑わされることはなかった。


娘に手も上げた

 今年、64歳。選手とはかなりの年齢のギャップがあるのは事実。だが、そこには「今の若者は…」と愚痴をこぼす姿はない。

 王監督 僕らの若いとき、川上(哲治)さんたちもそう思っていたんじゃないかな。常にそういう違いはありますよ。我々は空襲の中、お袋の背中に背負われて逃げていたりした。着ている物だって破けたものを縫ったりして着るのが当たり前。今はそういう時代じゃないでしょ。

 単純に自らの若い時代と、今の若手を見比べることなどしない。時代の流れを受け入れることで、若い選手たちへの包容力を身につけてきた。

 王監督 いい仕事して結果を出したいというのは根本的に変わらない。変わっているとすれば外の環境。しんどい世界ですよ、心の中での葛藤(かっとう)は今の選手にも我々のときと同じようにある。あとは(一流と二流の差は)試合になったときの決断、勇気、度胸を出せるかどうか。そういう部分の差ですよ。

 「モノ」があふれる現在との時代のギャップは感じている。初めて自家用車を手に入れたのは38本塁打した62年。初の本塁打王に輝いたとき、中古のセドリックを購入した。その後、活躍する度に車を購入することを楽しみとしたが、今は実績のない選手も外車に乗る時代。そういう流れの中で、92年に世界少年野球推進財団を設立した。

 王監督 野球を通して、子供たちに思い出作りも含めて出来ることをしたい。やっぱりスポーツはいい。コミュニケーションもできるし、結束力も出る。勝ち負けがはっきりして、ガックリきたり喜んだり、次は勝つぞと思う。人生そのものが、全部入っているような気がしてね。今、人生そのものは学校や家庭では教えられないのでは。

 子供への熱い思いがあるから、世の中の悪しき動向にも、警鐘を鳴らす。

 王監督 周りが子供に関心がない。僕らのときは毎日うるさかった。近所の人が怒ってくれたもんね。今は大人が子供に関心を持てないというか。自分たちの生活を豊かにすることだけにのめりこんでいるというのがあるじゃない。大人が言うべきことを放棄しているところがある。親も学校の先生も怒らない。怒るというのは、結果的には子供のため。自分の都合でなければ、子供も受け止めると思うんだけどね。

 3人の娘たちの子育ては、故恭子さんに頼りっぱなしだった。それでも、ときには心の中で涙を流しながら手をあげたこともある。

 王監督 うちは女の子だったから、嫁に行った先で向こうの親から怒られるより、僕に怒られたほうがいいと思った。


真っすぐ生きる

 ダイエー監督として就任10年目。就任当初はBクラスに甘んじていたチームを鼓舞しても空回りする時期もあったが、今は違う。98年以降、Aクラスを保ち、99、00年とリーグ連覇。昨年は2度目の日本一に。巨人時代、「常勝」の2文字を背負ってきた王監督が、ダイエーに「黄金期」をもたらそうとしている。

 王監督 チーム全体が自然と動けるような目標を持つべきだと思う。連覇は、リーグで1チームずつしかない。まして、日本一は1チームしかない。そういう可能性のあるところにいるわけだから、チャレンジしようじゃないかというのが当然のこと。モチベーションというものをどうやって引き出すかというのがわれわれの仕事。監督というのは、試合で勝つということもそうだが(選手に)目的意識をはっきりさせるもの。ディフェンディングチャンピオンなんていう考えでノンビリしていたら、相手の勢いに圧倒されちゃう。逆に相手が向かってくるものを、ガーンと一突きで押し返せるようにね。

 理想とするのは、どんな展開でも負けない野球だ。

 王監督 自分から前に出て行って、要するに引くということが絶対にないようにね。その代わり、状況によってはドンと押されるケースもあるのだが、それを押し返せるようにね。例えば昔の双葉山とかいたけど、横綱というのは時間じゃなくてもパッと立って、相手がしかけてきても、それに対応できる準備をしていたというね。大技で攻められても、小技で攻められても、それに対応できる、自分の態勢を崩さない戦いができる。技術的もそうだが、精神的にもそういう形を目指すべきだと思う。

 野球に対し、どこまでもどん欲な姿勢は若いころと変わらない。より高いレベルへ−。それは、真っすぐな生き方をしてきた王監督の思いそのままだ。


人間として信用できる人

 巨人工藤公康投手(40) 一番印象に残っているのは、99年オフのFAの時かな。(巨人移籍の)決断の直前に相談に行くと「監督としては残って欲しい。でも、自分の思っている通りにしなさい」と、移籍へエールを送ってくれた。グラウンドだけではなく、人間として信用できる人。気持ちをぶつけられる人だね。こんなこともあった。ダイエーの吉田豊彦が先発から中継ぎに転向した時、彼が悩んでいたので、一緒に相談に行き「彼の希望は先発」と話した。監督は「2、3回、先発でやってみて様子を見よう」と話し、実際にチャンスをくれた。結果的に吉田は中継ぎになったが、一選手の話に監督が耳を傾けてくれ、動いてくれるなんて、簡単にできるものではないと思う。


 ◆王貞治(おう・さだはる) 1940年(昭和15年)5月20日、東京都生まれ。57年、早実のエースとしてセンバツ優勝。59年巨人に入団し打者に転向。4年目に1本足打法に変え本塁打を量産。77年にハンク・アーロンの持つ通算755本塁打の大リーグ記録を抜き、初の国民栄誉賞に。13年連続を含む本塁打王15回、打点王13回、首位打者5回。80年に引退。22年の現役通算成績は868本塁打、2170打点、打率3割1厘。3年間の助監督を経て84年、巨人監督に就任。5年間でリーグ優勝1回(87年)。94年に殿堂入り。95年からダイエー監督に就任し、3度のリーグ優勝と2度の日本一を果たす。家族は3人娘の理香さん(35)理恵さん(33)理沙さん(32)と孫4人。


(取材・松井周治、山内崇章)

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