人生の豊かさは決断の数で決まる。僕らは生まれてきた時からさまざまなことが決まっている。自分の名前ですら、気がついた時には決まっている。ただ、唯一自分だけが決められることがある。それは自分の人生だ。それは他人に左右されるものではないし、他人に左右された人生に幸せはない。
12月20日の今季最終戦をもって、40歳でJリーガーになった男の物語に終止符が打たれる。この挑戦には成功と失敗が存在した。成功はJリーガーを目指したこと。失敗はJリーガーをやりながらもっともっとできることがあったのにそれを形にできなかったこと。人生で最も輝いているのは旅の途中だ。そう思って生きてきた僕にとって、Jリーガーを目指したこのチャレンジは大成功だった。
挑戦という旅の途中で起こるアクシデントやトラブルこそが醍醐味(だいごみ)である。紆余(うよ)曲折しながら目的地へ向かう。そこで出会う全てのことが自分の人生を豊かにしてくれる。それは挑戦には常に決断がつきものだから。幾度となく苦しめられた答えのない難問。これにどういう解を出すのか。失敗の経験も、僕の中に蓄積されるデータとなる。
どんな理由で、どのようにして挑んだのかをひとつひとつ分析しながら進めていく挑戦は、コンパスだけを持ってスタートした大航海と同じだ。その姿をみて多くの方が応援してくれた。だからこのJリーガーを目指すという挑戦は成功だった。
一方、Jリーガーを継続しながら他のところでもっと形を残したかったという失敗は、サッカーが大好きだという気持ちが逆にネックとなったと今ならハッキリと言える。15年間のブランクを経て28年目にして手に入れたプロサッカー選手。気がつけば大好きなサッカーのことばかりになり、ベンチ入りメンバーに入る、入らない。点を取る、取らないばかりに気を取られ、挑戦者の精神を忘れてしまっていた。
多くのサッカー選手に言えることでもあるが、好きで得意なゆえにプロサッカー選手になれたのだが、好きすぎてそれしか見えなくなっていることが多々ある。毎日同じ時間に練習場に向かい、同じメンバーと会話をし、決まった時間に昼食を食べる。気がつけば一般的なサラリーマンと同様の生活リズムが習慣化されている。そこにあるのは毎日、同じデータだ。新しい情報などそこには存在しない。
ACLなどがあって海外チームと試合をしたり、海外で試合をする機会でもあればそこには新しいデータが存在する。でも、J3の僕らにそれは存在しない。自ら新しいデータを取りに行かなければ、人生のアップデートをすることはできず、毎日ほぼ同じ情報の中で生きていくことになる。
人は環境で育つ。サッカーが好きだったことでサッカーにばかりのめり込みすぎた。そこで起きた失敗とは何か。それは新しいデータを取ることができなかったということだ。とはいえ、40歳でJリーガーになったおっさんが3年間戦ったことには変わりはないし、この経験は僕にしかできない財産だと思っている。それはグーグルで検索しても見つけることのできない、かけがえのない経験だ。
その全てを12月20日のラストマッチで生きざまとして表現したいと思う。最後の最後まで必死にもがき苦しむ僕の姿を見てもらいたい。そして、試合終了後の笛がどんな新しいスタートの合図になるのかを見届けてもらいたい。
笑顔でJリーガーにさよならをする。(J3、YSCC横浜FW)
(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「安彦考真のリアルアンサー」)