苦しくなったらスタンドを見ろ-。そんな言葉が、下を向きそうになる気持ちを奮い立たせた。
■アディショナルタイムに同点ゴール
全国高校サッカー選手権神奈川県2次予選決勝、日大藤沢と湘南工科大付の試合はまさに激闘だった。
前半37分、日大藤沢がCKからDFアッパ勇輝(3年)のヘディングシュートで先制した。一進一退の攻防が続き、時計の針はどんどん進む。前後半の80分をすぎ、1-0のままアディショナルタイムに突入した。
敗色濃厚だった湘南工科大付が、土壇場で追いついた。アディショナルタイム突入から3分、もうラストプレーだった。ゴール前中央、ペナルティーエリア外から途中出場のMF橋山翔太(3年)が右足でゴール左隅へ地をはうような鋭いシュートが決まった。
起死回生の同点ゴールに欣喜雀躍(きんきじゃくやく)する選手、スタッフ。一方の日大藤沢の選手は、まさかの展開に言葉を失っていた。その後、試合終了のホイッスルが鳴り、試合は延長戦へ持ち込まれた。
こうなると流れは湘南工科大付に傾くのか。勝負を左右する1点になるかもしれないと思った。だが予測は外れた。
日大藤沢は受け身にならず、積極的にゴールに向かった。気持ちは切れていなかった。そして勝ち越し点は延長前半のアディショナルタイムだった。
右サイドからのCKで、キッカーはDF宮崎達也(3年)。左足でゴール前へ鋭く巻いて入れたボールは、GK岩崎翔(3年)の必死のセーブも及ばず、対角のゴールネットへと直接突き刺さった。
さらに攻め手を緩めず、延長後半9分にロングボールを起点に中央でつなぎ、最後は右サイドへ流れたボールをMF吉田亘之介(3年)が角度のない位置から鮮やかにゴールを奪った。駄目押しとなる3点目。チームカラーの桜色で埋めたバックスタンドは、歓喜の拍手が鳴り響いていた。
■ベンチに入れない部員たちの思い
表彰式を終えた後のミックスゾーン。日大藤沢の佐藤輝勝監督の言葉が、胸に響いた。土壇場で追いつかれ、延長戦に向けてどう立て直しを図ったのか? という質問だった。
「そういうこともありえるなと思っていました。昨日(の練習で)、3年生のメンバー外の選手たちが泣きながら、苦しくなったらスタンドを見ろって。俺たちはどういう思いでオマエたちを応援しているんだって、そういう話をしてくれて。思い出すだけで涙が出てくるんですけど…。素晴らしいコメントがあって、(延長戦に向けて)スタンドを見ろと、みんなで1つになるぞと言いました。チーム日大藤沢で勝ったと思う。それくらい立て直しに響いたのかなと思います」
そう舞台裏を明かし、こう続けた。
「高校サッカーの良さというか、全部員が1人1人、いい意味で輝いてくれたと思います。今日は輝いて勝とうと言っていたので、そういう意味で途中出場の選手が応えてくれる輝きもそうだし、苦しい時に応援の子たちの輝きもそうだし。あいつらは笑っていましたけど、自分の名前が輝勝なので、それって監督の名前じゃね? って。今日はそういう試合をやろうと1人1人が輝いてくれたし、それが勝つプレーにつながったのかなと思います」
強豪チームとなれば、部員は1学年で40~50人もいる。その中でピッチに立てる人間は一部でしかない。悔しさや複雑な思いを隠し、それぞれが自らの役割に徹している。
■内面を磨くことでもう1歩先へ
日大藤沢に限らず、どのチームも応援してくれる人の思いも背負って戦っている。サッカーの技術ばかりでなく、人間教育の要素が強い高校サッカーには非常に大事な部分だと思う。
内面を磨くことで、より周りが見え、プレーにも気持ちが入ってくる。もう一歩先へ。もう1歩、もう1歩と。チームのために、支えてくれる人たちを思い、足を止めずに走り続けようとする。結果的にそれが勝利にもつながってくる。
準決勝で日大藤沢に0-4というまさかの点差で敗れ、2年連続の全国切符を逃した桐光学園の鈴木勝大監督がいみじくもこう話していた。
「勝負の際(きわ)のところで、日藤が上回っていた。例えば、切り替える、ボールへの執着とか。ペナルティーエリアの中で1つ足を出すとかの1歩であったりとか。そこに到達する0・1秒であったりとか。そういうものが積み重なったものが、スコアに表れたのかなと思います。技術や戦術でなくて気迫が上回ることで勝負が決着するということもあるので」
■一瞬の勝負にこだわり日々鍛錬
ふと、2010年のサッカー・ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会を指揮した日本代表の岡田武史監督の言葉を思い出した。
「運は誰にでもどこにでも流れている。それをつかめるか、つかみ損ねるか。ここからここまでダッシュと言ったら、ここまで。1メートル手前じゃない。1メートル手前で力を抜いたために運をつかみ損ね、ワールドカップに行けないかもしれない。ボクは結構そういう細かいことにうるさい。“勝負の神様は細部に宿る”と選手に言う。勝負を分けるのは戦術論やシステム論も大事だけど、ボクの感覚では8割くらいは小さいことです」
「鍛錬千日之行、勝負一瞬之行(たんれんせんにちのぎょう、しょうぶいっしゅんのぎょう)」という言葉がある。
一瞬の勝負にこだわり、日々、徹底的に鍛錬することの大切さを説く。かつて、昭和の高校野球で一世を風靡(ふうび)した徳島・池田高の「攻めダルマ」蔦文也監督も大事にしていた。スポーツの神髄を表した言葉だとあらためて思う。
■全力を尽くす者への優しいまなざし
惜しくも敗れた湘南工科大付も、あの土壇場で追いついた裏には、さまざまな思いや日々の積み重ねがあったのだと想像する。「彼らが持っているものを出しきってくれた。それで追いつけた」。そう選手たちをたたえた室井雅志監督のまなざしもまた、優しいものだった。
教育的な側面が見える高校サッカーに、どこかひかれる。そこは、年を重ねた自身にもさまざまな気付きや学びを与えてくれる。
そして何より、仲間や支えてくれる人たちの思いを背負い、懸命に走っている姿は見る者の心を揺さぶる。
次は年末年始の全国大会が待っている。今年の冬もさまざまなドラマに出会えそうだ。【佐藤隆志】