「足に魂込めました」。そう語ったのはカズだった。
1992年秋に広島で開催されたアジア・カップ、1次リーグ最終のイラン戦。0-0の引き分けなら敗退が決まる中、試合終了間際に決勝ゴールを奪った。この勝利で日本代表は勢いを加速させ、初のアジア王者へと突き進んだ。その歴史とともに記憶される名言である。
サッカーに限らずスポーツでは、よく「魂」が語られる。
1980年代の西ドイツ代表には土壇場で追いつく不撓(ふとう)不屈の姿、民族的な歴史も絡めて「ゲルマン魂」という枕詞(まくらことば)がついた。肉体に宿り心の働きをつかさどるもの、精神。誰かの「魂」に共鳴することでチームには一体感が生まれ、成果へとつながる。
■東海魂の継承者、浅田忠亮39歳
今季、関東大学サッカー1部リーグに14年ぶりの復帰となった東海大もまた、「魂」を大事にしてきたチームだ。
大学サッカー界きっての名将だった宇野勝監督(元神奈川県サッカー協会会長、2021年没)のもと、1980年代半ばから90年代前半にかけて全国に名を轟かせた黄色と黒の「タイガー軍団」。前田治、山口素弘、沢登正朗、磯貝洋光ら日本代表選手も輩出している。
チームの伝統を語る時、その文脈には必ず「東海魂」の言葉が現れる。令和の黄金期に向けて足固めに入ろうとする中、新たな魂の継承者がチームを牽(けん)引している。
浅田忠亮(ただすけ)ヘッドコーチ(HC)、39歳。昨春、高校教員(神奈川・厚木北)の職を辞し、「強い東海大を復活させる」という大義を胸に母校に帰ってきた。
静岡・東海大翔洋から東海大へ進学。学生時代は宇野総監督、今川正浩監督という2頭体制下で、センターバックとして活躍した。卒業後は大学院に残り、コーチも務めた。この恩師2人からの長年にわたる誘いを受け入れた。現在はヘッドコーチとして今川監督を身近な位置でサポートしている
1年目の昨シーズンは関東2部リーグで3位となり、入れ替え戦で名門・駒澤大を破った。そして迎えた2年目は、関東1部リーグの舞台に立っている。
■21年1月のアタリマエニ杯で日本一
開幕戦ではスター選手をそろえる王者・明治大を相手に、鉄壁の守備から素早い攻撃を仕掛け、先制点を奪った。後半に追いつかれて1-1の引き分けに終わったが、今後への期待感は膨らんだ。5節を終えて1勝2分け2敗(勝ち点5)で12チーム中9位。厳しい戦いは続くが、今季の目標は1部残留ではなく「3位以内」(浅田HC)と目指すものは高い。
DF長江皓亮主将(こうすけ、4年=栃木・矢板中央)、GK佐藤史騎(しぶき、4年=青森山田)らを軸に守備力は高く、U-20全日本選抜に入るFW桑山侃士(かんじ、3年=東京・東海大高輪台)が最前線に構える。1年生には日本高校選抜だったMF松橋啓太(京都・東山)ら有望な選手が次々と入部。選手層は確実に厚くなった。
ここ20年は浮き沈みが激しく、一時は関東リーグの下に位置する神奈川県リーグまで落ちた。その県リーグ所属チームが関東予選を勝ち抜き、21年1月、コロナ禍で中止となった総理大臣杯、全日本選手権の代替大会として行われた「#atarimaeni CUP サッカーができる当たり前に、ありがとう!」では強豪大学を次々と破る下克上を巻き起こした。今川監督は00年の総理大臣杯に続く自身2度目の日本一を手にした。
この快挙を古豪復活への足掛かりとし、浅田HCの加入でその流れを一気に加速させている。その東海大の現状を知ろうと、神奈川・平塚市の湘南キャンパスを訪れた。
■インテンシティーを意識した練習
あらためて今季の目標を問うと、浅田HCは意欲をあらわにした。
「簡単でないのは分かっているけど、チャレンジしたい思いがある。守備をしっかりやるのがうちのポイント。ボールをつなぎ始めているが、守備をベースにしてそこからアレンジをつけている。1部でも戦える力をつけて3位に入りたい」
昨年のW杯カタール大会もそうだったが、現代サッカーではコンパクトネス(味方選手との距離感)、インテンシティー(強さ、激しさ)がよりクローズアップされている。東海大のトレーニングも、そのインテンシティーを意識する。
「どれだけ強度の高い練習をやれるか、手を抜かないか、お互い激しく要求し合えるか」
浅田HCが組む練習メニューは肉体も頭も疲れるものが多い。その練習で全力を出せなければ試合でも出せない、というのが信条だ。
練習の強度を高くすることで、また相乗効果も生まれる。互いが声を掛けて周囲を励まし、チーム全体で苦しさを乗り越えようとすることから一体感が生まれるのだという。
「最後に、体の奥底に残っている力をぐっと出せる。そういう強さになっているなというのがあります」
■チームを強くするのは「人間性」
特任講師として大学で「スポーツ方法学」の教鞭を執る立場とあって、そのアプローチは科学的だ。単純に長距離を走るのでなく、ショートダッシュやインターバル走を繰り返すことで心肺機能を高める。ゲームではGPSを装着し、走行距離も測る。また、試合日から逆算してコンディションを効率よく合わせていく「ピリオダイゼーション(期分け)」も取り入れる。
そんな現代風な浅田HCだが、その根底には魂が鎮座している。チームを強くするための「根っこ」とは何か? そこを問うと「人間性」と即答した。
「練習の始まりと終わりにしっかり挨拶できるか。グラウンドの落ち葉を掃除する、伝達事項をしっかり伝えられるか。フィジカルでもラインまでしっかり走りきる。1センチ、1ミリにこだわる、そういう積み重ねだと思う。止める、蹴る、足が速いも大事ですけど、僕は大学生のサッカーも人間性、人間力を育成する。トレーニングも全力でやる。日々の積み重ねだよ、って選手には言っている」
ぶれぬ教育観。そんな愛弟子を恩師の今川監督はこう評する。
「厳しさの中に愛情があり、押さえどころは絶対に外さない。東海魂の継承者です。私の恩師の宇野先生からも、東海魂というのは外部の人には見えないですけど、そういうものを根底に持っている人物です」
チームを語る上で欠かせない「東海魂」。先代の宇野監督が座右の銘とした「耐えて勝つ」に始まる。ドイツで最先端のサッカーを学び、1995年のユニバーシアードでは日本代表監督として初の大学世界一にも輝いた男は、サッカーという表層的な競技面だけに終わらず、それを突き動かす心まで見通した。
■「耐えて勝つ」極意は主体的行動
では、東海魂とは何か? 浅田HCはこう説明する。
「守って、守って勝つということではなく、人生において自分の想像を超えるイレギュラーなことを起きた時に、それを乗り越えられる力が東海にはあるということ。嫌だな、きついなと思うことがあった時、やめてしまうのでなく、やってやるぞと」
自らも実践した。大学院を経て神奈川県の高校教員となった。上溝南、相模田名を経て相原へ。当時関東社会人リーグに在籍していた神奈川教員SCで自身のプレーも継続しながら、少数のサッカー部で顧問を務めた。
「うまい子を教えればいい、人数が多いところでやればいいでなく、僕とサッカーをやってくれる高校生がいるなら、絶対に手を抜かない。これは僕のサッカーの在り方です。どんなカテゴリーでもうまくなるし、強くなる。準備に手を抜いたことはありません。どんな環境であろうと、無駄はありません」
その後、公立の雄・厚木北へ移った。全国大会には届かなかったが、県4強まで進んだ。そんな人物だからこそ誰からも慕われ、教員を辞める時は周囲から温かく送り出されたという。
「普段の生活で妥協しそうな自分に勝つ、逃げ出したくなる自分に勝つ。「耐えて勝つ」の真髄はそこにあると思います。何でもチャレンジして失敗もするけど、そんなことへっちゃらだよ、みたいな。そういうのは宇野先生、今川先生から学ばせてもらったことです」
「耐えて勝つ」とは、その語感が与える受け身なものではない。その極意は、主体的な行動を示すものだった。
■チームの訴求力高める言霊を意識
目指すところは高い。スタッフだけでなく、そんな思いは選手にも伝わっている。長江主将が言う。
「浅田さんはとても熱いコーチで、それに付いていこうとみんな頑張っています。ピッチ内、ピッチ外含め、人間性を磨く、成長できる環境を作ってくれています。目標はリーグ戦3位以上ですけど、もちろん優勝を目指してやっています」
魂は言葉があってこそ磨かれ、伝承されていく。だからこそ、浅田HCは掛ける言葉にも注意する。
「言霊ってあるじゃないですか、マイナスなことばかり言っているとダメになる。『もっとやったら』『もっと勝てるぞ』という。『オノマトペ(訴求力を高める擬音語)』も大学で学びました。すべてにおいて勝てるチームにする。それが東海の今の勢いだと思います。絶対に強くなりますよ!」
建学75周年事業として、2018年度から体育会所属クラブのチームカラーは青で統一された。その「東海ブルー」の誕生とともに、伝統の「黄色と黒」はセカンドユニホームとなった。それでもチームを突き動かす精神は変わらない。
厳しい戦いの真っただ中。だからこそ気持ちを高ぶらせ、挑んでいく。
足に魂込めました-。
今シーズンを走り終えた時、東海魂を引き継ぐ男たちからそんな言葉が聞けるかもしれない。
【佐藤隆志】