サッカーは楽しい。そんなことは当たり前か。
11月14日の「埼玉県民の日」に、全国高校サッカー選手権大会埼玉県予選が行われ、昌平が浦和南の挑戦を退け、2年連続6度目の全国切符を手にした。
試合後、笑顔で埼玉スタジアムのバックヤードに戻ってきた選手たち。それを出迎えるスタッフの中に、日本代表FWとして活躍した玉田圭司さんの顔があった。
■今年春にスペシャルコーチ就任
そのキャリアはもはや説明するまでもない。2006年ワールドカップ(W杯)ドイツ大会では、王国ブラジルを相手に弾丸シュートで先制点を奪った場面は、17年が過ぎた今も記憶に新しい。その名選手が「スペシャルコーチ」として、今年の春から非常勤ながら昌平の指導スタッフに加わっている。
どんな関わり方をしているのだろうか? 慌ただしそうな玉田さんに思わず声をかけ、少し話を聞かせてもらった。その答えはシンプルだった。
「サッカーの楽しさを伝えているだけです」
謙遜もあってのニュアンスだが、指導の本質を突いたものだとも感じた。同時に、25年以上も前の記憶が頭に浮かんだ。
■関東スーパーリーグ立ち上がる
1997年、関東の有力高校の指導者たちが研鑽(けんさん)の場として「関東スーパーリーグ」を立ち上げた。従来のトーナメント戦主流の中、参加チームが総当たりでシーズンを通してリーグ戦を戦い、個々としてチームとして強化を図っていくことが狙いだ。それは今の高円宮杯JFA U-18サッカーリーグにつながる原形だった。
当時、私は山梨支局に勤務。大会の主会場が韮崎や小淵沢だったことで関東の強豪校の試合を数多く見ることができ、指導者らの声も聞くことができた。
その1年目のスーパーリーグで、魅力的なサッカーを披露していたのが千葉の習志野だった。
玉田さんは当時2年生。その存在はまだ認識していなかったが、同学年には他に世代別代表に入る実力者が複数いた。名将、本田雄一郎監督が率いるチーム。ただ指揮官の指示通りに動いているそぶりはなく、自分たちで主体的に考え、仕掛けていたように見えた。個々のアイデンティティーが高校生ながら確立されていたのだろう。
■競技を追求する源流「面白さ」
そんな記憶の一片をもとに「個性的で強いチームでしたね?」と問うと、玉田さんは「強くないですよ。でも、高校サッカーは本当に楽しかったですよ」と返してくれた。
そんな「根っこ」があったからこそ、プロで23年もの息の長い競技人生を送れたのだろう。楽しい、おもしろいからこそ追求できる。それが誰かに押しつけられたものだったら楽しくないし、ワクワクしない。
このスポーツでの「楽しみ」「おもしろみ」とは、プレーのさまざまな「引き出し」を持つこと、つまり方法論を知るということだろうか。ドラえもんのポケットのようなものかもしれない。
それをもって相手との攻防を制することができれば、心は晴れやかになり、思わず声が出る。「よっしゃー」「やったー」。快哉(かいさい)を叫ぶとはこのこと。そこに仲間の絆も加わる。そんな日々の積み重ねがあって、選手たちは形作られていく。
■「細かく声かけしてくれます」
実際に、昌平の選手たちは玉田さんからどんなことを教えてもらっているのだろうか? センターバックとして、この日の無失点勝利に貢献したDF佐怒賀(さぬか)大門主将は、笑顔でこう教えてくれた。
「細かく声かけしてくれます。(玉田さんは)FWだったじゃないですか、だから僕らDFに、どういうセンターバックが嫌かということを話してくれたり。逆にFW陣に向けても、プレーを細かく。(自分の経験を)伝えるということを大切にしています」
練習では実際にプレーもしてくれるそうで、あのブラジル代表を驚かせたキャノン砲のような正確な左足も披露するそうだ。
「FWのシュート練習で玉田さんが手本になったり。それを見てみんな驚いて、自分も、自分も、みたいな感じになっています。本当にいい刺激です」
■FWの動き、遠くを見る意識付け
この日の決勝、写真撮影もあって前半は昌平のゴール裏から試合を見つめた。
浦和南が縦に長いパスを入れ、選手を走らせてきた。センターバックとしては小柄な佐怒賀主将だが、俊敏な対応でボールを奪取する。そして攻守が切り替わると、サイドへパスを流すのでなく、すぐさま最前線のFWの動きを確認し、そこへ正確で球筋のいいフィードを送った。それは幾度もあった。意図を感じたプレーだけに、その背景が気になっていた。
その答え合わせのように、続けてこう話してくれた。
「毎回FWを見ろじゃないですけど、ボールを持ったらFWがどういう動きをしているのか見とけ、みたいな。まずボールを持ったら近いところでなく、FWを見る。ゴールに近い(遠くの)選手からまず使うようにしようということを言ってくれます」
少し補足を入れると、遠くが見えていれば自然と近くは見える。だが逆だとそうはいかない。生きた指導とは、こういうことだろう。
■同窓スタッフによる一枚岩指導
だいぶ意識が変わりますね? そう振ると、笑顔で「はい、そうですね」。
全体練習後は、FWを生かすべく居残りでロングキックを繰り返すのが日課となった。
「いい動きだしをしてくれるFWがいるので、そういう人たちをちゃんと使ってあげられるように、毎回意識して練習しています」
前監督の藤島崇之さんが習志野時代の仲間に声をかけ、玉田さんも含め高校の同期が6人も関わるようになった。全国でも例をみない同窓スタッフ陣だが、この「根っこ」でつながる一枚岩が、選手への信頼感につながっている。
「玉田さんもそうですけど、いろんなコーチに聞いたりしているので、そういうところでは本当に今年はいいし、頼もしい限りです。ありがたいですね」
主将の言葉は腹落ちするものだった。
■ファインダー越しの熱気が甦る
この取材をした後、懐かしさから押し入れに長年眠っている当時の写真ネガを漁(あさ)った。カラーでなく、白黒のものが一部出てきた。26年前、1997年8月20日の関東スーパーリーグ。習志野対帝京三のゲームだった。顔を見ても誰が誰だが分からない。ただ、ファインダー越しに見た当時の熱気は、ついこの前のことのように脳裏に浮かんできた。
あの時の高校生たちはもう26年の歳を重ねた。そして今もサッカーは楽しい。【佐藤隆志】











