原点は、小さなテニスコートにある。

兵庫県のJR尼崎駅から歩いて10分ほど。ドイツ戦で同点弾を決めた日本代表MF堂安律(24=フライブルク)は、幼稚園の年中から小6になるまでの8年間、駐車場の上に設けられたコートで技術を磨いた。ドリブルやトラップはもちろん、シュートにもこだわった。

フットサル用の小さなゴール。両サイドにコーンを置いて四隅を狙う練習では、外すと決めるまで続けた。

クーバー尼崎校の鈴木大人(ひろと)コーチ(51)はこう振り返る。

「シュート練習で外すと、『もう1回やらして!』と、順番を並ばずに、ゴールを決めるまでやっていました」

幼い頃から教えていたのはシュートは丁寧に、四隅を狙うこと。小さなゴールで、反復練習を繰り返してきた成果がW杯で実った。

「『端っこの下を狙え』とは常々言っていました。シュートを打つ時、頭をよぎるように。『制限をかけろよ』と。気持ちよく打ったら、GKのいるところに飛んでしまうもの。(同点弾は)ノイアーが倒れていたから、インサイドでしっかり。強いボールでしたね」

3人兄弟の末っ子。8歳上の長男麿(まろ)さん、次男憂(ゆう)さんに連れられて毎朝のように近所の公園で自主練習をしていた。

同校からはテニスコートで育った過去14人がプロの扉を開いた。鈴木コーチによれば、その中でも堂安は小学生の頃から際立っていたという。

「律は骨太で体が強かったのと、サッカーに取り組む姿勢が良かった。コミュニケーションがとれるので、コーチとも物おじなく話ができる。フェイント、ターン、右足でも左足でもコントロールできて、顔を上げられる。『僕が一番活躍したい』という強い気持ちを持った子でした」

元気で活発。兄の背中を追い続けながら、うまくなった。

19年までJ3長野に在籍した兄憂さんは、愛情を込めて弟のことを「ワガママで自己中。かわいらしい末っ子です」という。

そして、こう続けた。

「まさか自分の弟が、あの大舞台で…という思いはあります。小さい頃、学校に行く前にドリブルとか反復練習をずっと、一緒にしていました。兄弟で描いていた夢、実現するとは思っていなかった夢が現実になった。サッカーに可能性がゼロ(%)はないことを証明してくれた。こうなったら優勝して欲しいです」

まだ夢には続きがある。【益子浩一】

堂安を幼稚園から小6まで指導した鈴木大人コーチ(クーバーコーチングジャパン提供)
堂安を幼稚園から小6まで指導した鈴木大人コーチ(クーバーコーチングジャパン提供)
日本対ドイツ 後半、ゴールを決め、雄たけびを上げる堂安(右)(2022年11月23日撮影)
日本対ドイツ 後半、ゴールを決め、雄たけびを上げる堂安(右)(2022年11月23日撮影)