日本(FIFAランキング23位)が、東京・国立競技場で王国ブラジル(同1位)と国際親善試合「キリンチャレンジ杯」で対戦する。
試合は6日午後7時20分キックオフ。11月開幕のワールドカップ(W杯)カタール大会に向け、貴重な強化試合となる。
超豪華メンバーでやって来たブラジルは、A代表としては、優勝した2002年W杯日韓大会以来の来日となる。
招集されているのは、ネイマールを筆頭にビッグクラブに所属する世界の超一流、スーパースターばかり。
過去の対戦成績は日本の2分け10敗。全対戦をひもとく。
〈日本の国際Aマッチ・ブラジル戦VTR〉
◆89年7月23日 初対戦はリオデジャネイロでの親善試合。JリーグのV川崎、鹿島などで活躍することになるMFビスマルクにゴールを奪われ、0-1で敗れた。Jリーグ開幕前、日本は世界レベルを痛感した。
◆95年6月6日 リバプールでの国際大会アンブロ杯で、0-3と完敗。横浜フリューゲルスに在籍したMFジーニョに2ゴールを許すなど、前年のW杯米国大会王者の実力を見せつけられた。
◆95年8月9日 国立での親善試合で1-5と大敗。FW福田正博がブラジルから日本サッカー史上初得点を奪ったのが唯一の救いだった。ブラジル出身のMFラモス瑠偉はこの試合を最後に日本代表を退いた。
◆97年8月13日 アジアツアーで来日したブラジルと長居で対戦し、0-3で完敗。FWロナウド、DFロベルトカルロスら世界のスター集団を相手になすすべがなかった。GK川口能活は「めちゃ強かった」と話した。
◆99年3月31日 国立での対戦は0-2の完封負け。前半12分、V川崎に在籍経験のあったFWアモローゾに先制ゴールを許した。力負けではあったが、機能しないトルシエ監督の戦術に、日本サポーターからはブーイングが飛んだ。
◆01年6月4日 6度目の対戦で初めて引き分けに持ち込んだ。日本で開催された各大陸王者が集まったコンフェデ杯の1次リーグで、サッカー王国を相手に初めて無失点で終えた。その後の日本は勝ち上がり、FIFA主催大会で初めて準優勝を果たした。
◆05年6月22日 対戦2試合連続ドロー。前半10分に先制点を許したが、同27分、MF中村俊輔がゴールまで約27メートルの位置から豪快なミドルシュートをたたき込んだ。同32分にFWロナウジーニョに勝ち越しゴールを奪われたものの、後半43分に中村のFKの跳ね返りを途中出場のFW大黒将志がボレーシュートで決めて同点に追い付いた。
◆06年6月22日 W杯では初対戦。日本は前半34分にFW玉田圭司が先制点を決めると、その後のブラジルは一気に本気モード。4点を返され、力の差を見せつけられた。日本は1分け2敗でF組最下位で敗退決定。試合後、引退を決意するMF中田英寿はピッチ上に大の字となり涙に暮れた。
◆12年10月16日 20歳のFWネイマールに2ゴールを許すなど0-4の完封負け。日本が1試合4失点以上は06年W杯のブラジル戦以来だった。日本はザッケローニ監督体制下で初めて本田圭佑が1トップで出場したが不発に終わった。なお、この試合でMF遠藤保仁が日本代表歴代最多123試合出場を達成した。
◆13年6月15日 各大陸王者など8チームで争われたFIFA主催の国際大会、コンフェデ杯。前半3分にFWネイマールに得点を許すなど、反撃の糸口も作れず0-3で敗れた。FW本田圭佑は「今日の試合は完敗。自分たちの実力」と敗戦を潔く受け入れた。
◆14年10月14日 アギーレ監督の就任4試合目。国際Aマッチ通算5試合未満の経験の少ない選手が7人もスタメン出場した。結果はFWネイマール1人に4ゴールを許す完敗。日本が1試合で同一選手に4点を奪われたのは78年ぶりの屈辱となった。
◆17年11月10日 前半10分、日本代表の試合で初めてVARによる判定でPKを献上。FWネイマールに日本戦通算8ゴール目を許した。0-3の後半17分にDF槙野智章がセットプレーから頭で1点を返すのが精いっぱい。DF長友佑都の国際Aマッチ通算100試合出場の節目を飾れなかった。

