【ゲンク(ベルギー)12日=岡崎悠利】サッカー日本代表DF菅原由勢(23=AZアルクマール)がW杯後の課題だった右サイドバックのレギュラーに定着した。

9日(日本時間10日)のドイツ戦ではアシストを含む2得点に絡んで強豪撃破に貢献。21年東京五輪、22年W杯カタール大会落選の悔しさを糧に、実力を伸ばしてきた。W杯後の全5試合に先発出場し、6得点に絡んだ。長年主力として活躍した酒井宏樹、長友佑都が不在の中で、その穴を埋めている。

菅原が、右サイドバックで主力の座をつかんだ。26年W杯北中米大会を目指して3月から森保ジャパンが再始動して以降すべての活動に招集され、DF板倉とともに、ここまで全5試合でスタメン出場。9日のドイツ戦では2ゴールに絡んだ。

昨年のW杯カタール大会ではDF酒井宏樹が主力。不動の存在だっただけに、後継者探しは大きな課題だった。今回招集されている橋岡大樹、毎熊晟矢らとの競争が続いているが、今回の活動を通して頭ひとつ抜けた。3月以降の試合でチームが記録した全16ゴールの中で、菅原の出場中に生まれたのは10ゴール。うち6点に関与しており「攻撃参加が自分の特徴」という自身の言葉を体現している。

「一生頭から離れることはない」場面がある。19年、U-20日本代表として出場した同W杯ポーランド大会。0-0の後半39分、痛恨のパスミスで速攻を許し、決勝点を奪われて敗退が決まった。試合終了の笛が鳴ると、しばらく仲間のもとへ近づくこともできなかった。

進化を決意し大会直後の19年6月、18歳でオランダリーグのAZアルクマールに加入。しかし、東京五輪は落選。昨年は右膝の手術を受けたこともあり、杯カタール大会のメンバーからも漏れた。「あのとき落ちて正解だったと。自分が正解と思えるような未来を作るしかない」。アヤックスのオランダ代表FWベルフワインら強烈なアタッカーとの1対1の実戦を重ね、攻守に強靱(きょうじん)さが増した。

18歳という若さで海外挑戦を実現させたものの、挫折続きの試行錯誤の道のりを歩んできた。「過去は自分を強くする」。そう胸に刻み、ついに日本代表の主力にたどり着いた。26年に待つ大舞台へ、右サイドバック競争の先頭を走っている。

 

◆菅原の得点関与 昨年W杯後の5試合で6ゴールに関与した。チームは計16得点を記録しているが、そのうち菅原が出場しているときの得点は10点。右サイドバックながら全得点の60%を占める。3月24日のウルグアイ戦でのFW西村のゴールは菅原のMF伊東へのグラウンダーの縦パスが起点。同28日のコロンビア戦での三笘の得点も菅原の自陣からのロングパスが起点になった。6月15日のエルサルバドル戦は前半のみの出場でゴールに絡むことはなかったが、同20日のペルー戦では前半の2得点ともに菅原のパスから一連の攻撃がスタートした。

◆菅原由勢(すがわら・ゆきなり)2000年(平12)6月28日、愛知県豊川市生まれ。名古屋下部組織出身で、18年2月に2種登録。同月24日のG大阪とのリーグ開幕戦でフル出場。17歳7カ月27日での開幕スタメンは稲本潤一に続く歴代2位の年少記録。19年6月にAZアルクマールに期限付き移籍し、21年から5年契約で完全移籍が決定。20年10月に日本代表に初選出され、同9日のカメルーン戦でデビュー。国際Aマッチ6試合出場。179センチ、69キロ。