日本がバーレーンを2-0で破り、W杯出場を決めた。MF久保建英(23=Rソシエダード)が1得点1アシスト。先人が苦しんだ最終予選で6勝1分け、最多の24得点と最少の2失点と圧倒的強さを示した。3試合を残し、史上最速かつ開催国を除く世界最速の北中米切符獲得に貢献した。

   ◇   ◇   ◇

会心のユニホーム投げだった。1-0の後半42分、久保は左のショートコーナーから相手GKの意表を突いた。ニアを抜く左シュートでネットを揺らす。W杯出場を決定づける2点目を奪うと、ベンチへ走りながらユニホームを脱ぎ、左手で回して叫び放り投げた。

「何しようか迷ったんですけど、結果、よく分からなくなっちゃって、感情が爆発しちゃった感じです」

この3年で大きく立場が変わった。負傷の影響もあり前回の最終予選は4試合の出場。W杯出場決定の敵地オーストラリア戦は、ベンチを温めたままだった。欧州で試合に出ている自分が、なぜ日本代表では出場できないのか。「全然、納得しなかった」。激戦区の2列目で今回は4試合に先発。この日は先制点アシストも記録し「僕が何とか結果を残してチームを落ち着かせたいなと思っていた。ゴールよりうれしかったかも」。大人になった発言にも精神的な余裕がにじむ。

天才少年と、もてはやされた。スペインの名門バルセロナの下部組織で育ったが、FIFA(国際サッカー連盟)の規約で13歳の時に帰国を余儀なくされた。世代別代表には飛び級で選出されるなど「日本の至宝」として報道は過熱。18歳で日本代表に初選出され、活躍していなくてもコメントを求められた。メディア対応を嫌がる時期もあったというが、今や堂々と受け答え、年配の報道陣を笑わせることもしばしば。精神的にも大人になっていた。

変わっていないものもある。気持ちの強さ。U-17W杯で久保を指導した現J2仙台の森山佳郎監督は「建英は13歳の時から飛び抜けていた。質問はするし、意見は言うし、先輩を呼び捨てするし、ボールを寄こせ、寄こせ、とうるさいし」と苦笑いで振り返る。技術は間違いなし。10年近く世代別代表の監督を務め、多くの選手たちを育ててきた名将にも、そのメンタル的な強さは印象深かった。

不本意な帰国から10年が経過した。その間「白い巨人」Rマドリードと契約するなど再びスペインへ戻って、東京五輪、W杯カタール大会に出場した。現クラブでは最高峰の欧州チャンピオンズリーグ(CL)のピッチにも立つ。23歳ながら経験値は日本人屈指だ。

「久保くん」と親しまれた、あどけない姿はない。「この1年で突き詰めていって、僕のできるプレーを最大限に発揮できるようなW杯にしたい」。25歳で迎える大舞台で、今度こそ主役になるためのスタートラインに立った。【佐藤成】

【日本代表】史上最速8大会連続W杯出場!鎌田、久保弾でバーレーン下す/ライブ詳細