川崎市立橘が、慶應義塾との延長戦に及ぶ激闘を3-2と制し、初めての選手権予選の4強入りを果たした。

粘り強く戦った。1点リードされた前半終了間際にCKからDF伊藤遼祐(3年)のヘディングシュートで追いつく。後半16分にもカウンターから失点したが、その1分後に相手ゴール前へ押し込み、こぼれ球からFW菊地幹太(2年)が左足で同点ゴールを奪った。

一進一退の白熱した攻防。どちらにもチャンスがあったが、両チームGKのファインセーブもあり、互いに譲らず2-2のまま80分間の試合は終了。決着は延長戦(前後半各10分)に持ち込まれた。

迎えた延長後半6分。相手ファウルで右サイドでFKを得た。このチャンスにキッカーはMF早川旬(2年)。前半のCKも正確な左足キックで得点を演出した男からの弧を描いたボール。DF蔦本巧(3年)が高く跳び、ヘディングシュートを決めた。土壇場で飛び出した劇的な勝ち越しゴールだった。そして試合終了のホイッスルに、ピッチの選手たちは歓喜の声を上げた。

山本義弘監督(57)は「うちの得意とするセットプレーが勝負どころで決まった。昨年も8強で敗れていただけに、ようやくここにたどりつきました。ただ、ここからです」と喜びをかみしめるように語った。

橘に赴任して9年目。過去に神奈川県選抜の監督として国体での日本一経験もある名指導者だ。止める、蹴るというサッカーの原理原則を突き詰めた指導で地道に強化を図り、チームは着実ステップアップ。私学優勢の神奈川にあって、インターハイ予選に続き、公立校で唯一の4強入りとなった。

最終ラインから丁寧にビルドアップし、両サイドを使ってゴール前へボールを供給していく。絶対的な選手はおらず、チーム全体が頭の中に同じ絵を描きながら攻守に連動する。

加えてDFラインは184センチの伊藤を筆頭に180センチ前後の長身選手がそろい、セットプレーとなれば、このDF陣がこぞってゴール前へ上がり、ゴールを脅かす。同点ゴールの伊藤が「これで満足せず次からも一戦、一戦、全力を尽くしていきます」と言えば、決勝点の蔦本も「4強(湘南工科大付、桐光学園、日大藤沢)の中で自分たちが一番弱い。だから気持ちで戦います」と熱い心意気を口にした。

唯一の公立勢だが、今季のK-1(神奈川1部リーグ)では暫定ながら、桐光学園、湘南ベルマーレに次ぐ3位(全10チーム)につけている。11月5日の準決勝で対戦する湘南工科大付とは、今季の公式戦で1勝1分け1敗と五分だ。

2アシストと勝利に貢献した早川の活躍が、準決勝でもカギとなりそうだ。その早川の父は横浜FCの監督も務めた早川知伸さん。長短の正確な左足パスが魅力だが、本来は右利き。サッカーでの左利き優位を理解する父が、将来を見据えてレフティーに仕向けたからこそ今がある。日ごろからその父を相手にサッカー論をかわし、サッカーIQを磨いている。「また自分が得点に絡むことで勝利に貢献したい」。初の4強では満足できない様子だった。

2010年の座間以来、ここ11年間、神奈川では公立校の選手権切符はない。全国まであと2勝。橘が新たな歴史に向かって突き進んでいく。