今季限りで現役を引退する大宮アルディージャGK南雄太(44)が27日、さいたま市内のホテルで引退会見に臨んだ。静岡学園から18歳でJ1柏レイソルに加入。ロアッソ熊本、横浜FC、大宮アルディージャと渡り歩き、J通算666試合に出場した。

昨年5月、右足のアキレス腱(けん)を断裂する大けがを負たが、懸命のリハビリで復帰。その矢先での引退だった。南は引退を決めた経緯を、自らの口で明かした。

今年1月のキャンプからチーム合流し、5月からベンチ入りするも、最初の半年は、自身のプレーのイメージと体が一致せず、ストレスを抱えながらプレーを続けていた。だが、夏になると徐々に感覚が戻り、体も動いており「来季もやる」と決めていた。

サブとしてベンチ入り続け、GKとしては2番手。9月24日の徳島ヴォルティス戦の前、正GK笠原が体調不良で出られない中、試合出場のチャンスが巡ってくると思っていた。だが、チームの決断は、GK南ではなく、3番手のGK志村の起用だった。

「引退は年齢と隣り合わせで、自分の中でピッチに立つ水準にこだわって、それができなくなったら潔く辞めようと。夏以降、良くなっている実感がある中、周りの評価の乖離(かいり)をすごく感じた。自分がチョイスされなかったのは、何かが足りてない証拠。自己評価は時に甘くなる。自分が定めているレベルが下がっている証拠だと感じた」。

10月に柏時代の先輩の北嶋秀朗氏と食事をした。引退の話をしたところ、引き留めてくれたが、再びサッカーへの意欲が生まれてこなかった。「これはもう、潮時」。10月5日に妻に引退の決断を告げると「今年、辞めるんじゃないかと思っていた。お疲れさま」とねぎらってくれた。

印象に残っている試合は、横浜FC在籍時の19年にJ1に昇格した最終節・愛媛戦。「40歳で昇格した試合は今も印象に残っている。柏を契約満了になったのが30歳。10年かかって、J1でもう1回やるのはモチベーションだった」と振り返った。