前回準優勝のクロアチア(FIFAランキング12位)がアフリカ勢初の4強となったモロッコ(同22位)を破り、初出場した98年大会以来の3位の座をつかんだ。

チームをピッチ内外で導いた37歳の主将、MFルカ・モドリッチ(レアル・マドリード)はW杯後も代表活動を続けることを明言。来年6月の欧州ネーションズリーグで、W杯で届かなかった頂点を目指す。クロアチアは日本が決勝トーナメント1回戦で敗れた相手で、前回大会のベルギーに続いて日本戦の勝者が3位入賞となった。

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モドリッチは1人、かみしめるように、小さくつくった両手の拳を震わせた。戦い抜いた身長172センチ、37歳の偉大なキャプテン。次々にハグしてくる仲間たちを優しく受け止めた。

悔しさ半分、誇り半分。「金メダルとトロフィーをとれると信じていたが、残念ながらできなかった。でも、銅メダルを誇りに思う。なぜならこれから先、クロアチアがW杯や欧州選手権で、タイトルをとることができると思うから」。前回は準優勝。東欧の雄の名を再び世界に示した。

先制点はベテランの巧みさからうまれた。前半7分、フリーキックをモドリッチが蹴ると見せかけ、MFマイエルが触れたサインプレーからDFグバルディオルのゴールにつながった。試合を通じて見せたのは、ベテランと思えぬ若さ。試合終了の笛が鳴る瞬間まで、ピッチを縦横無尽に駆け回った。

その姿こそがクロアチアの原動力。「ルカ(モドリッチ)が90分間全力疾走しているのを見ると、若い選手は力とモチベーションが与えられる」。後輩たちはそう口をそろえる。あと1歩を諦めそうな瞬間、金髪をなびかせ走る存在が、何度も後押ししてくれた。今大会は全7試合に先発出場。献身的なチームの中心には、いつも先陣を切る背中があった。

4度目のW杯を終え、注目されていた今後の代表活動。モドリッチは赤と白の誇らしいユニホームで、走り続けることを明言した。「代表にとどまりたいと思っている。クロアチア代表として戦うことは、どのクラブで戦うことよりも誇りだから」。まずは、準決勝と決勝が待つ来年6月の欧州ネーションズリーグで、再び戦う姿を見せる。

一方でいつかはやってくる、自らの引き際についても触れた。「代表から離れるという決断をするのは、簡単なことではない。でもいつか、自分がチームにより良いものをもたらせないと気づく時が来る。その時は、代表を引退する」。クロアチアは人口約400万人の小国。誰もが認めるサッカー大国へと押し上げたのは、小さくて大きなレジェンドだ。【磯綾乃】

◆フィールドプレーヤー(FP)の主な年長選手 モドリッチはモロッコとの3位決定戦に37歳99日で出場。これはクロアチア代表でのW杯最年長出場記録となった。過去のW杯ではカメルーン代表FWロジェ・ミラが42歳39日で94年米国大会のロシア戦に出場。今大会でカナダ代表MFハッチソンが39歳296日でモロッコ戦に途中出場している。2人は歴代年長記録の3位と10位だが、上位10人のうち8人はGK。FPでのW杯年長出場はそれだけ難しいと言える。

◇ルカ・モドリッチ◇

★生まれ 1985年9月9日、当時旧ユーゴスラビアの一部だったクロアチア・ザダルで生まれた。

★プロフィル 172センチ・66・2キロ。利き足は右。MF。

★難民生活 少年時代にクロアチア紛争(クロアチアのユーゴスラビアからの分離独立などをめぐる紛争)により、家族で難民生活を送っていたことがあり「簡単に手に入る成功などない。ここにたどり着くまで簡単なことは1つもなかった」と話している。

★経歴 地元のNKザダル・ユースから00年に強豪ディナモ・ザグレブのユースに入団。同クラブでプロデビューを果たした。その後、08年にプレミアリーグのトットナムへ移籍。12年からレアル・マドリードでプレーする。

★代表 各年代のクロアチア代表に選ばれた後、06年3月1日のアルゼンチンとの親善試合でA代表デビュー。前回18年W杯ロシア大会ではチームを準優勝に導き、自身はMVPに輝いた。代表通算162試合23得点。