【モンテレイ(メキシコ)19日(日本時間20日)】日本の森保一監督(57)がW杯通算1000試合目のメモリアル采配を迎える。チュニジア戦前日の公式会見に出席。海外メディアも集結した中、節目に向けて意気込むと同時に“森保節”を披露。サッカーという競技の枠を越えて国交の話題も盛り込むなど広い視野で物事を語りながら、最後は“通常運転”となって勝負へのこだわりを見せた。
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熱く、言葉を紡いだ。入場制限がかかるほど、注目された前日会見。森保監督がゆっくりと口を開いた。
「ここモンテレイで、我々の戦いを世界中の人に見てもらえる。幸せ。W杯1000試合の歴史にふさわしい試合を繰り広げたい」
連日、気温30度を超える地で迎えるメモリアルマッチ。冷房の利いた狭い部屋に火照る思いを響かせた。
1930年、ウルグアイで第1回大会が開かれた。前回22年カタール大会まで964試合、そして史上初3カ国共催中の第23回大会104試合のうち36試合目を、偶然か、必然か、日本が大会10日目の第4試合を引き当てた。海外メディアからは「歴史に名を残すことになる」。確かに、記録には残り「光栄」と受け止めたが、サッカー界だけの話では終わらせなかった。
自ら「日本とチュニジアの国交が成立して70周年になる」と相手国に思いをはせた。「国と国が、人と人が、違う価値観、違う文化がつながるとサッカーを通して世界の人たちに感じていただければうれしい」。
ほとばしる思いは止まらない。「世界では戦争、紛争が続く。サッカーを通して世界平和に近づくような試合ができれば」。被爆地の長崎と広島で生まれ育っただけに、かねて節目で発信してきた。W杯でも変わらず“森保節”を届けた。
戦い方も、普段通りを貫く。「目の前の試合に勝つため最善の準備をする、全力を尽くすことは変わらない」。かつて敗れた、くせ者ルナール新監督には「死に物狂いで来る」と警戒感を高めつつ、枠内シュート1本だけの0-1で敗れた4年前のコスタリカ戦を回想し「痛い思いをした経験を生かせるように。オランダ戦(の善戦)がチュニジア戦の勝利を約束してくれるわけでもない」と強調した。進化の証明が、紡がれてきた1000試合の節目に重なる。いつも通り白星も譲れない。【飯岡大暉】
◆日本とチュニジア 1956年3月にフランス領から独立したチュニジアに対し、日本は同年6月に国交を樹立した。中東では数少ない民主主義や自由主義、男女平等といった理念を日本と共にする国家であり、友好関係を築いている。日本からの主な輸入品は自動車(バス・トラック)、鉄鋼製品、電気機器などであり、日本向け主な輸出品は魚介類(クロマグロ)、電気機器、衣類。昨年6月末時点の在日チュニジア人は967人(政府統計)。ともに陶器を名産品とする愛知県瀬戸市とチュニジアのナブール市は姉妹都市を提携している。


