男子マラソン日本記録保持者の鈴木健吾(27=富士通)が、復活への道を歩んでいる。プロ野球の阪神、ロッテで活躍した鳥谷敬氏(41=日刊スポーツ評論家)がアスリートに迫る「鳥谷敬×パリ五輪の星」。23年度初回となる第9弾では、鈴木の今を前後編の2回にわたって深掘りした。後編では、初のフルマラソンとなった今年2月の大阪マラソンで3時間14分7秒の好タイムを記録した鳥谷氏が42・195キロを走り抜く魅力、難しさ、さらにはトップランナーの人生設計にも踏み込んだ。【取材・構成=佐井陽介、藤塚大輔】

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鳥谷 実は自分、今年2月に初めて大阪マラソンを走りました。ラスト5キロぐらいでつらくて泣きそうになって、沿道のおじさんには「もっと頑張れ」とか言われてムカッとして…(笑い)。次の日は膝も痛いし、正直もう2度と走りたくないと思ってしまいました(笑い)

鈴木 (爆笑)

鳥谷 鈴木選手はマラソンの魅力ややりがいについて、どう考えられていますか?

鈴木 まずシューズがあれば誰でも始められる。エリートランナーもいれば、走り切ることが目標の人もいる。そういった人たち全員が同時にスタートできるという点ですかね。球技だと、どうしてもプロの世界はプロ、とカテゴリーを分けられてしまうじゃないですか。みんなが同じスタートラインに立てるのは良いところだなと思います。

鳥谷 小さい頃、あこがれの選手はいましたか?

鈴木 エチオピアのケネニサ・ベケレ選手ですね。僕と同じで結構小柄なんですけど、ずっと最前線でトラックもマラソンも活躍されていて。身長が大きければストライドも確保できてやっぱり有利。そんな中でも活躍されている姿を小さい頃から見てきたので、あこがれがありました。マラソンは他の競技と比べても、体の大小にかかわらず活躍できるチャンスがある種目かなと思っています。

鳥谷 ここからは少しマラソン選手の年間スケジュールについて聞かせてもらってもいいですか?

鈴木 僕の場合は春はトラックで1万メートルを走って、レースの4カ月前ぐらいからマラソンの練習に入っていく感じですかね。

鳥谷 一年中マラソンの練習をしているわけじゃないんですね。

鈴木 実業団に所属していて、駅伝とかもあるので。僕はあまり活躍できていないんですけど(笑い)

鳥谷 マラソン選手は器具を使ったトレーニングもされるのですか?

鈴木 器具を使ってウエートトレーニングをしたりします。野球選手みたいにすごく重いものを持ってベンチプレスをやるとかはないと思いますけど、ある程度は重いものを使って。スケジュールとしては割と自由な時間があって、午前中に2回ぐらいに分けて走って、午後は各自の時間でウエートトレだったりチューブトレをやったりという感じです。僕の場合は体が小さいので、ウエートに時間を割くことは増やしました。お尻を鍛えるのが大事かなと思います。

鳥谷 一番中心が動けば、余計なところに力が入らなくなりますよね。ちなみに自分はマラソンに向けて月300キロから400キロぐらい走ったのですが、鈴木選手のようなトップランナーは月間どれぐらいの距離を走られるのですか?

鈴木 1000キロとかはいきますね。

鳥谷 1000…。ところでマラソンは年間何本ぐらい走れるのですか?

鈴木 僕はいけても2本くらいです。ある程度、準備期間を取らないとあまり走れないタイプなので。

鳥谷 人によってはたくさん試合に出たり、ハーフマラソンを取り入れたりする人もいますよね。正解はなくて、その人に合ったものを探していく感じですか?

鈴木 そうですね。やりながら探していくしかないです。マラソンが近くなったらハーフマラソンに出たい人もいれば、それをすることで吐き出しちゃう人もいる。そこは自分でやっていくしかないですね。

鳥谷 鈴木選手はどういうタイプですか。

鈴木 僕は1回のレースで吐き出しちゃいます。

鳥谷 なるほど。鈴木選手といえば、日本記録を打ち立てたびわ湖毎日マラソンで、ラスト5キロを14分23秒で走ったことでも有名です。自分はラスト5キロは泣きそうだったんですけど、そこを乗り切るためには、やはり気持ちが大切なのでしょうか。

鈴木 僕も日本記録を出す前に2、3本マラソンを走っているんですけど、やっぱり38キロくらいで泣きそうでした。それを克服して後半までしっかりペースを刻んで走るとなると、ある程度の筋力も必要ですし、あまり力を使いすぎないように走ることも必要になる。失敗して失敗して、やっとペースを落とさずに走れるようになった感じですかね。

鳥谷 そういえば、鈴木選手はご夫婦で同じ競技をされていますよね。パートナーは東京五輪で8位に入賞されているトップランナーの一山麻緒さん。競技面で意見がぶつかったりすることはないのですか? プロ野球選手の場合、家に帰ってから「あそこでなんであんなプレーしたの?」と言われてもめる人もいるみたいで(笑い)

鈴木 あまり悪く言われることはないですね。練習の内容だったり話はします。食事なんかは女性の方が気をつけていて大変なので、そういうところはいろいろ話します。

鳥谷 同じ競技をしていることはプラスですか?

鈴木 プラスになっていますね。

鳥谷 ちなみに鈴木選手が日本記録を出した時はもう賞金1億円という制度は終わっていたそうですね(笑い)

鈴木 僕はもともともらえないことは知っていたんですけど、周りからは「もらえなかった男」と言われています(笑い)

鳥谷 最後にまだ先の話ではありますが、将来の人生設計についても聞かせてください。

鈴木 今は正直なところ競技にがっつりフォーカスしているので、あまり考えられてはいないです。陸上を仕事としてやらせてもらえているので、何か貢献したいなとは思っているんですけど、まだ漠然としている感じですね。

鳥谷 何歳ぐらいまで走りたいと考えていますか?

鈴木 クビになるまでは走りたいです。世界記録を持っているキプチョゲ選手は38歳。あと10年くらいはやりたいです。鳥谷さんは何歳まで続けられたんですか。

鳥谷 40歳シーズンまで現役でした。

鈴木 それぐらいやれたらうれしいですね。

鳥谷 「マラソン界の三浦カズさん」と言われるぐらいまで続けてください!

(この項、終わり)

◆鳥谷氏の初フルマラソン 今年2月26日の大阪マラソンに市民ランナーとして参加。3時間45分以内が目標だったが、3時間14分7秒で完走。「イメージ通りです」と喜んだ。

◆鈴木健吾(すずき・けんご)1995年(平7)6月11日、愛媛・宇和島市生まれ。宇和島東高から神奈川大に進み、4年連続で箱根駅伝出場。18年4月に富士通入社。21年2月のびわ湖毎日マラソンで2時間4分56秒の日本新記録を樹立。同12月に女子マラソン一山麻緒との結婚発表。