「ヒール(悪役)になるのは分かっています」。男子ハンドボールの土井杏利(31)の言葉は、決意のこもった強いものだった。

日本リーグ加入2年目のジークスター東京は今季、東京五輪代表主将の土井をはじめ代表司令塔の東江雄斗(28)らトップレベルの選手を大量補強した。昨年加入した元代表主将の信太弘樹(32)ら代表の主力だった3選手を合わせた超豪華布陣。スタメンは、数年前の日本代表のようだ。

一方で、選手が大量に退団した。3年前、前身の東京トライスターズのトライアウトに参加した選手は、ほとんどチームを去った。クラブチームが増えたとはいえ、企業の論理が優先してきたハンドボール界。大胆に各チームの主力選手を「引き抜いた」新参者への風当たりは強い。横地康介監督も「うちに対して、他のチームも目の色を変えてくるはず」と話した。

ただ、ジークスターの登場が、ハンドボール界活性化のきっかけになることは間違いない。今季は開幕前の移籍が活発だったし、本場欧州へ移籍した選手も男女合わせて約20人と過去にない数だった。短期移籍の「留学」もあるが、退団、退社して挑戦に踏み切った選手も少なくない。

大きく変わったのは、選手の意識だ。チームが好条件でプロ契約を結ぼうとしても、選手にプロになる気がなければ成り立たない。先の見えないプロよりも、企業チームの一員として将来の安定をとる選択肢はある。実際に、その考え方で発展してきたのが日本の企業スポーツなのだ。

ところが、今の選手は違った。プロ化も含めた将来構想を検討している日本リーグ機構が、選手を対象に実施したアンケート調査の結果を先月発表した。

プロ契約について「アマチュアのままで」「プロ契約したくない」は合わせて25・1%。「プロ契約しつつパラレルワークしたい」を含めてプロ契約を望んだのは7割近く。将来のプロ化についても6割が賛成だった。選手は現状に満足せず、改革を求めていた。

1964年東京五輪の翌年、サッカーが初の日本リーグをスタートさせた。日本選手権や実業団選手権だけだった時代に、強化と普及を目指して新しい挑戦をした。その後、バレーボールやバスケットボールなどが続いた。その後、企業スポーツが日本のアマチュアスポーツ界を引っ張った。

2020年東京大会後、五輪スポーツは新しいステージに突入する。女子サッカーのプロリーグ「WEリーグ」がスタートし、ラグビーは来年1月に「リーグワン」として新たな形になる。一般社会と同じように「終身雇用制」が崩れつつあるからこそ、企業に頼っていたスポーツ界も変わらなければならない。

新型コロナ禍での1年延期で、選手たちは競技に対する思いを強くした。だからこそ、退路を断って「プロになりたい」と思いもわき上がる。日本リーグの中でも「マイナー」なハンドボールだが、土井ら選手の思いは熱い。各チームから主力を「引き抜いた」ジークスターが絶対的な「ヒール」として他を圧倒する力を見せることができれば、少しはリーグ改革も進むと思う。【荻島弘一】(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIのOh! Olympic」)