昨夏の東京オリンピック(五輪)男子エペ団体で、主将として日本悲願の金メダルを獲得した見延和靖(35=ネクサス)は納得の3位だった。
予選プール第3組を6戦全勝で抜けて第2シードに入ると、初戦の2回戦で山本翔磨(神戸ク)に15-6で勝利。3回戦は木内博哉(中大)を15-9でかわした。準々決勝では萩原宏樹(上三川ク)を15-10で下した。
準決勝では、過去4度の優勝を誇る38歳の元日本代表、坂本圭右(自衛隊)と対戦。序盤は5-0と攻め立てたが、徐々に差を詰められて7-7に。再び10-7と突き放したが、テンポを変えた坂本に粘られた。ついに11-12と、この試合初めてのリードを許すと、トリッキーな攻撃をかわし切れず、そのまま12-15で押し切られた。
「今年は順当にメダリスト(自身と山田優、加納虹輝)が準決勝まで進んだかなと思います。最後、決勝に行きたかったですけど、ベテランの強さにやられました」
東京五輪後の昨年は鼠径(そけい)ヘルニアの手術を受けたため欠場。今年も世界選手権を終えてエジプトから帰国した後は1カ月ほどオフを取って静養し、約3週間ほどの調整も全日本に向けたものではなかった。感覚を取り戻すところから再出発していた。
それでも言い訳はせず「世界選手権と同様の組み立て方、戦い方で。準決勝は僕のスタイル…リードを広げて、リーチを生かして戦うスタイルで戦い抜きたかったんですが、坂本さんは経験豊富ですし、先に作戦を変えてこられて、詰められて逆転されて。その中でも、どこか自分が負けることは信じていなくて、集中し直して、立て直して、と思っていました。坂本さんの方が勝ちたい気持ちが強かった。そこが見習うべき部分だったかなと思います」と潔く散った。
坂本は19年11月のワールドカップ(W杯)を最後に引退。20年大会の優勝以来の現役復帰戦だった。一方の自身は7月の世界選手権カイロ大会で個人の銀、団体の銅と日本エペ初となるメダルを2つ獲得した。21年の五輪と22年の世界選手権を合わせて金銀銅メダル全てを手にしている。
それでも敗れる波乱には「これがフェンシングの、特にエペの面白いところかなと思います。スピード、気持ちの部分で坂本選手が今大会に懸ける思いが強かった。その気持ち分ですね」と冷静に振り返った。
全日本選手権では18年大会以来4年ぶり3度目の優勝は逃したが、悲観はしていない。「確かに何か懸かった試合ではなかったとはいえ、悪い試合をしたとは思っていないんです。まだまだと分かりましたし、次はしっかりと坂本先輩に引導を渡せるよう頑張りたいと思います」と笑顔も見せていた。
11月から始まる国際大会から本格復帰する。個人の金メダルと団体の2連覇を目指す24年パリ五輪へ「選考レースが始まるのは、エペの場合は来年5月から。そこまでの半年間、組み立て方がすごく重要になってくるかなと思います。試してきたスタイルを、もう1回、試せるチャンス。来年の世界選手権に向けても、いい状態になるように鍛えて、戦術なりを重ねて、いいトライができるように持っていけたら。自分のスタイルを、より確立できるような新シーズンの入りができたらと思います」と視線を上げていた。【木下淳】


